辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第19回

辻堂ホームズ子育て事件簿
引越しに伴い、
新しい保育園へ。
親の心配も束の間!?

 2022年9月×日

「ママぁー、といれぇー!!!」

 ある朝。保育園の入り口に、泣き声が響き渡る。保育士さんに抱かれた2歳娘が、腕の中で身をよじり、私に向かって必死に手を伸ばしている──。

 先月、引っ越しをした。これまで住んでいたマンションから、旧祖父母宅へ。一人暮らしをしていた祖母が去年の秋に亡くなり、1年近く空き家になっていたのを、母と叔父に貸してもらえることになったのだ。相続した彼らが住む予定はない。かといって家の中をさっぱり綺麗にして賃貸に出すのも骨が折れる。実の孫である私が家族とともに入居すれば、大型家具はそのまま置いておけるし、祖父母の写真も飾れるし、マンションより広くなるため子育てにもうってつけだ。晴れてWin-Winというわけである。

 自分の祖父母が長年暮らしていた家に引っ越すというのは、なかなか面白い体験だった。遺品は母が事前にあらかた整理してくれていたものの、私が読むかもしれないと本棚に残してくれていた文庫本のページの間から、祖父母が二十年ほど前に海外旅行にいったときの思い出の写真が出てきたり。祖母が使っていたロボット掃除機をそのままもらい受け、嬉々として電源を入れたら、初めて見たロボット掃除機に轢かれそうになった娘が驚いて逃げ惑い、必死にドアを叩いて部屋から飛び出していったり(生後9か月の息子は興味津々で、ずりばいで掃除機を追い回そうとしていた)。見えづらいところに置いてあった古い醤油さしを娘が見つけて倒してしまい、中身がこぼれ出て椅子のクッションが茶色く濡れそぼり、夫婦そろって大絶叫したり。近所の家々に引っ越しのご挨拶に伺ったら、生前に祖母が触れ回っていたらしく、私の職業が意外にも知られていたり。キッチンでお箸類を整理していたら、私が二十年以上前に使っていたと思しきキティちゃんの短いお箸が出てきて、おばあちゃんはなんでこんなものを取っておいてくれたんだろうと、ちょっぴり切ない気分になったり……。

 そんなわけで、幼い頃から足を運んでいたためあちこちに見覚えはありつつも、自分が住むことになるとはまったく予想もしていなかった、実質的に土地勘のない街での生活が始まった。同じ神奈川県内だけれど、以前住んでいたところよりはやや田舎で、電車よりも車、ベビーカーよりもチャイルドシートという生活に。環境が一変し、今は新しい公園やお店などの開拓を楽しんでいるところだ。

 しかし、引っ越しの何が大変って、新しい保育園に一から慣れさせなければならないことだ。建物も変わる。先生も変わる。娘はひどく嫌がり、預けるときは泣き叫ぶ。

「ママぁー、といれぇー!!!」


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。最新刊は『二重らせんのスイッチ』。

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