週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.71 うさぎや矢板店 山田恵理子さん

週末は書店へ行こう!

『すべてのことはメッセージ』書影

『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』
山内マリコ
 マガジンハウス

 ユーミンは50周年なのだ。気づいたら当たり前のように暮らしの中にはユーミンの曲が流れていた。昭和も、平成も、令和も。街中でも、スキー場でも、ビーチでも。懐かしくも新しく、時や空間を超えて輝き続けている。

 近年でユーミンの人柄に魅了されたのは、2021年紅白のステージだった。一瞬にして会場の空気をつかむ笑顔のトークと天性のオーラ。そして「やさしさに包まれたなら」の詩とメロディと歌声は心地良く、いつまでも聴いていたかった。

 今作は、地上に舞い降りた音楽の女神のような荒井由実=松任谷由実=ユーミンの才能のルーツと軌跡を、著者である山内マリコ氏が丹念な取材のもと、鮮やかに生き生きと描き出すユーミンヒストリーだ。

 母親のように懐いている子守の秀ちゃんの実家がある山形への帰省に、八王子の裕福な呉服屋の由実ちゃんがついていくシーンから物語は始まる。秀ちゃんのやさしい歌声に包まれながら、幼くとも強い意志が育まれているエピソードもあり、まるで大河ドラマのようにぐっと引き込まれていく。

 幼少時には家からすぐ近くのカトリック系幼稚園へ通う。小学校では母・芳枝の影響もありみんなと同じは嫌!という性格。読むうちに自分自身を生きる力があふれてくるので、この本はティーンにもぜひおすすめしたい。

 母のお供で映画に芝居に、小学生のうちから本物のエンターテインメントに触れている。6歳から習うピアノに夢中になり、唯一無二の才能が弾けだす。清元の稽古からも、想像力が鍛えられていく。なんでもできる神童で、社交家で、物おじしない少女が由実ちゃんだ。

 中学受験をし入学したミッション系の私立校では、パイプオルガンの音色が彼女の魂を揺さぶる。グループサウンズを追いかけ、ジャズ喫茶、米軍基地、とどんどん彼女の世界は広がる。十代のある日運命的に出合った曲により、作曲の才能は飛躍的に開花する。

 少女・荒井由実はシンガーソングライターとしてデビューし、名曲「ひこうき雲」が生まれる。ひこうき雲は自由な風に乗ってどこまでも飛んでいく。郷愁と煌めきの種を蒔きながら。

 

  熱量あるしなやかな筆から生まれた1冊の本のページをめくったなら、昭和のトンネルをくぐるタイムマシーンとなる。ユーミンの記憶を旅してドラマチックな人生を模擬体験できるのは、読書の醍醐味である。

 2022年度の文化功労者に、松任谷由実さんが選ばれた。これからも時代はYumingとともに色づいていく。

 50周年を迎えあるテレビ番組で話していたユーミンの言葉が忘れられない。
「レジェンドのその先に行きたい」と。前人未到の世界へ連れていってほしい。

 読んだら聴きたくなる、五感にときめくノンフィクションノベルが誕生した。

 

あわせて読みたい本

『Yuming Tribute Stories』書影

『Yuming Tribute Stories』
小池真理子、桐野夏生、江國香織ほか
新潮文庫

 併せて読むならまさにこちら!松任谷由実デビュー50周年を記念して6人の作家が選んだ名曲のタイトルから、新しい世界が生まれ、脳内に歌声が流れ出すトリビュート小説集。あの曲もこの曲も、シリーズ化したらと思うと楽しくて、エモーショナルが無限に広がる。

 

おすすめの小学館文庫

湖上の空

『湖上の空』
今村翔吾
小学館文庫

 日本で1番大きい湖である琵琶湖のきらきらした湖面は、穏やかに輝く気持ちにさせてくれる。滋賀県在住、今村翔吾氏の初エッセイ集は、少年時代、家族、ダンスの教え子との交流など、本や人との出会いから《私は本を諦めない》の思いが熱く伝わってくる。

 

採れたて本!【エンタメ#07】
【著者インタビュー】山内マリコ『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』/荒井由実が自分だけの音楽をつかみとった瞬間を紡ぐ