週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.55 うさぎや矢板店 山田恵理子さん

週末は書店へ行こう!

モノクロの夏に帰る

『モノクロの夏に帰る』
額賀 澪
 中央公論新社

 ウクライナの4歳の女の子が空爆で命を落としたと自宅でつけているテレビのニュースから流れてきた。亡くなる1時間前に母親と笑顔で歩いていた映像に涙が出てくる。幼い子どもの被害に耐えられない。もうやめてと世界中から願っても止められない。もっと現代には秩序があると思っていたが、幻想だった。

『モノクロの夏に帰る』を執筆するにあたって著者が言った、《自分の生きていた世界が戦後ではなく戦前だったことに気づいて、「ああ、書かないとな」と思った》という言葉に、ガツンと頭を殴られた気がした。戦後生まれでよかったという思いが、ぐらりと揺り動かされる。間違いなく今がとんでもなく大切な世代になるのだ。

 本書では、《戦時中の写真をAIを使ってカラー化した写真集》が物語を繋ぐバトンとなる。煌星書店に勤める20代の書店員が、出版社の営業担当から手渡された発売前の本『時をかける色彩』のゲラを読む。ロシアのウクライナ侵攻にショックを受け、戦争が身近になった今だが、祖父母ですら戦争を知らない世代である自分に果たしてお客様にこの本をどう語り、お薦めすればよいのだろうか、綺麗事の言葉にならないだろうか、悩みながらも自分の店で売ろうと並べる。

 その本に添えられたPOPの言葉を書店で目にした保健室登校の中学生が読書感想文を書く。広島出身のテレビマンが戦争特番を作ろうとする。アメリカから来たレオと福島で生まれ育った桜太の高校のクラスでは、文化祭の展示に戦争をテーマにする。日常生活に「戦争」を近くに感じた時、彼らの思いは繋がり、この物語は紡がれていく。

 戦争を知らない世代だからと、自分自身に制限をかけなくていいと思えた。読後には今いる世界が少し違って見えてくる。知ることと、伝えることは、未来への意志になる。

 作中の書店員が一冊の本に光を当てているPOP全文の言葉は、この物語の中から熱を放ち胸に飛び込んでくる。著者の思いがストレートに込められているのではないだろうか。願わくば本作POPに作中POPを使ってみたい。本書カバーの装画は、若い世代にも手にしてもらいやすい。どうか多くの人に読んでいただきたい。

 とりかえしがつかないことにはしたくない。モノクロでなくいつまでもこの世界は鮮やかに色づいていてほしい。そんな願いを込めて、私は本書を書店に並べる。

 これから先の時代にも戦争経験者の声は貴重だ。語り継ぐことで、世界を誠実にアップデートしていけたなら。誰かが読むことで、この物語はとまらない。心は動き出す。

 

あわせて読みたい本

はだしのゲン

『はだしのゲン①』
中沢啓治
中公文庫

小4の時、担任からの宿題でクラス全員に回覧して全巻を読んだ。本当にあったことの漫画はトラウマになるほど怖ろしく、戦争は絶対にいけないと思い知らされた。世界中の政治に関わる人への必読書にしたい永遠の名著。

 

おすすめの小学館文庫

ほどなく、お別れです

『ほどなく、お別れです』
長月天音
小学館文庫

家族葬が増えているこのご時世に、坂東会館スタッフの寄り添う心が温かい。残された家族に向けて、旅立つ人のメッセージが大学生の美空を通して優しく伝わる、この世とあの世の虹の架け橋のような感涙の物語。

 

採れたて本!【ライトノベル#04】
杉浦日向子『お江戸暮らし』/漫画とエッセイという二刀を使い、江戸を表現した多才の人