◎編集者コラム◎ 『海をゆくイタリア』内田洋子

◎編集者コラム◎

『海をゆくイタリア』内田洋子


「今年もまた夏の旅が実現できなかったな……」とセンチメンタルな気分でこの原稿を書く8月末日。今夏もあっという間に過ぎゆこうとしています。

 疫禍がもたらしたものは数えきれませんが、閉塞感に満ちた生活もそのひとつ。「なんの気兼ねもなく旅に出る」ことが当たり前でない日常が来るとは、2年前の時分に誰が想像したでしょう。そんな息の詰まりそうな日々に、開放感あふれる船旅を味わえる一冊はいかがでしょうか。

 長くイタリアに暮らすジャーナリストとして、珠玉のエッセイを生み出してこられた内田洋子さん。1996年春からの足かけ6年を、なんと木造帆船で暮らしていらっしゃいました。船の名は《ラ・チチャ》。本書『海をゆくイタリア』のまえがきにあたる部分には次のように書かれています。「木は水を吸って膨らみ、水を吐き出し干からびて、固くなる。裂け目が木目沿いに走る。船上で暮らして初めて、船が胸を鳴らして息を吐くのだと知った。真夜中の沖で、船の振動と溜め息を耳にしたときのことを忘れない」。実際に木造船で暮らした内田さんにしか書くことのできない美しい一文です。

 さて本書は、海仲間から聞いた話やご自身の経験などを、イマージョン・ジャーナリズムという手法を用いて船長の視点から描いたものです。つまり主人公は船長。春の終わりから初秋までの140日間、イタリアの12都市を海から訪問した際の航海日誌の形をとっています。日本と同じく縦長の国土を持つイタリアは、地域によって歴史、文化、風土、食などが大きく違うのですが、読者の私たちも《ラ・チチャ》号の一乗組員のようにそれを体感することができます。法政大学特任教授の陣内秀信先生には、ご専門ならではの視点で、水、海とイタリアの関係を交えてご解説いただきました。併せてお読みいただくことでより理解が深まるはずです。

 最後に、冷えた白ワインがたまらなく欲しくなる一文を。

「獲れたてのカジキマグロの稚魚を三枚に下ろし、生のまま塩とオリーブオイル、少々のレモンで和えたウイキョウと小ぶりのトマトのざく切りを合わせて食べた。目の前に広がるのは、海」

カバーには安藤巨樹さんの筆による《ラ・チチャ》号が。古い木造帆船が、内田さん達の細々とした手入れで美しく息を吹き返しました。

──『海をゆくイタリア』担当者より

海をゆくイタリア

『海をゆくイタリア』
内田洋子

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