◎編集者コラム◎ 『漫画ひりひり』風 カオル
◎編集者コラム◎
『漫画ひりひり』風 カオル
答えのない世界に生きる青年たちのたくましさに感動!
文芸編集の前、漫画の編集者をしていた。
漫画のデジタル化も黎明期の時代、現在とは状況がかなり違っているかもしれない。それでも、漫画家になりたいとひたすら願っても、そう簡単になれる職業ではないということは、今も当時と変わらないと思う。
毎月100人にのぼる投稿者が編集部に作品を送ってくれる。「絵はうまいが、お話作りはいまいち」「お話は面白いが、それを伝える画力がない」「画力もある、だけどキャラクターに魅力がない……」新しい才能を発掘する会議はいつも白熱する。何をどうアドバイスすれば、プロの漫画家になれるのか、「本人の努力」で登れる壁なのか、その壁は編集の言うことを聞いていれば越えていけるのか……正解のない世界を手探りで生きている。ところが、そんな必死な投稿者達を尻目に、全てを兼ね備え、その上前例無視の天才が突如現れ、並みいる漫画家を蹴散らし、いきなり巻頭カラーで連載を持つこともしばしばある。結局、「これが漫画の方程式だ」という指標なんてないのだ。絵が描けるというだけでも選ばれし者たちなのだが、その中からデビューできるのは、実力と運を兼ね備えたほんの一握り、いや該当者がいないことだってある。
風カオルさんの『漫画ひりひり』は、そんな物語を投稿者側の視点で綴っている。彼らの悲哀が見事に再現されている物語だ。ふたを開けてみたら、風さんご自身が漫画投稿をしていた過去があり、担当まで付いたのに、夢破れるという経験をお持ちだったことがわかった。リアルな描写で主人公・歩に感情移入し、編集者という立場を忘れ投稿者の気持ちに共感し泣けてくる。漫画家の夢が破れたとはいえ、今、風カオルさんの創作の泉は、小説に向かい、新しい物語を紡ぎ続けているのだから、人生何が起こるかわからない。
この物語は漫画家デビューがゴールではない。デビューを果たした先に待ち受ける過酷な漫画家生活。好きな漫画を紡ぎ続ける選択、メジャーな世界を描き続ける選択、夢破れて故郷に帰るという選択、いつも小さな分岐点が、漫画家を生業とする自分を苦しめ続ける。でも、この分岐点は、漫画家に限らず誰もがなにかで経験することなのかもしれない。小さな選択の積み重ねが、結末に大きな差となって跳ね返ってくる。だが、どんな選択をしたとしても、結局本人がおおむねOKだったと思えれば、それが一番幸せな人生の歩き方なのかも、なんてことを教えてくれる小説だ。
──『漫画ひりひり』担当者より
『漫画ひりひり』
風 カオル