小野寺史宜『ミニシアターの六人』

小野寺史宜『ミニシアターの六人』

雨の銀座でミニシアター


 大きなことは何も起こらないが。

 僕の小説を説明するときによくつかわれる言葉です。かなりの高頻度でつかわれます。ほとんど枕詞。たらちねの、みたいなものです。

 確かに、僕の小説で大きなことは何も起こりません。ただし、小さなことなら無数に起こっています。

 かつて僕は小説のほかにシナリオも書いていました。その経験が、小説を書くうえでも大いに役立ったと感じています。

 書きたかったのは映画のシナリオでした。シナリオをやめてからも、いずれ映画に関する小説を書きたいと思っていました。

 とはいえ、撮影技法に詳しかったりするわけではありません。あれこれ調べて書くのはちょっとちがうなとも思っていました。

 そんなときに、編集者さんから、場所についての小説を書きませんか? とのお話を頂きました。町ではなく、場所です。

 それは例えば駅なのか、学校なのか。雑居ビルなのか、ショッピングモールなのか。

 映画館、という言葉が頭にぽんと浮かびました。

 そこからは早かったような気がします。そうか、その形で映画を書けばいいのだ、と思い至りました。

 映画館にもいろいろあります。シネコン。ミニシアター。数は少ないですが、名画座。

 ミニシアターを選びました。どうせならと、自分が好きな街、銀座も選びました。うれしいことに、銀座のミニシアターを取材させていただくこともできました。

 もうこのころには、僕自身、ワクワクしていました。

 雨降りの平日、午後四時五十分からの回。一本の映画を観るためにたまたまそこに集まった人たちの話にする。それぞれは無関係。でも一人一人にその映画との何らかの縁がある。と言いつつ、まったく縁がない人もいる。アイデアは次から次へと出ました。

 ミニシアター。僕も二十代から三十代にかけてよく行きました。小説誌の新人賞に応募しては落選していた投稿暗黒時代です。

『ミニシアターの六人』の登場人物のように、この映画館でやってくれるからその映画を観る、というような観方もしました。そうすることで、本来出会わなかったであろう映画に出会いもしました。

 そして今。こうして映画の小説、というか映画館の小説を書くことができました。何か不思議な感じがします。

 大きなことが何も起こらなかったらごめんなさい。

 でも今回も、まさに小さなミニシアターで、小さなことは無数に起こっています。その小さなことを拾い、楽しんでいただけたらうれしいです。

 


小野寺史宜(おのでら・ふみのり)
1968年千葉県生まれ。2006年「裏へ走り蹴り込め」で第86回オール讀物新人賞を受賞してデビュー。08年『ROCKER』で第3回ポプラ社小説大賞優秀賞を受賞。 『ひと』が2019年本屋大賞第2位に選ばれ、ベストセラーに。著書に「みつばの郵便屋さん」シリーズ、『まち』『食っちゃ寝て書いて』『タクジョ!』『今夜』『天使と悪魔のシネマ』『片見里荒川コネクション』『とにもかくにもごはん』などがある。

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ミニシアターの六人

『ミニシアターの六人』
著/小野寺史宜

◎編集者コラム◎ 『漫画ひりひり』風 カオル
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第166回