【『奇奇怪怪明解事典』など】人気ポッドキャストから生まれた本

近年ますます盛り上がりつつある“ポッドキャスト”(インターネットラジオ)。人気ポッドキャストをきっかけに、関連書籍も生まれるようになってきています。今回は『奇奇怪怪明解事典』など、人気ポッドキャスト発の3冊の書籍を紹介します。

近年、ラジオ番組の人気に迫るほどに盛り上がりつつある、ポッドキャスト文化。ポッドキャストとはインターネット上で公開されている音声コンテンツの一種で、SpotifyやApple Podcastといったプラットフォームを通じ配信されている番組を指します。

放送時間や放送エリアが限定されるラジオ番組とは違い、いつ、どこにいてもアーカイブされた番組の音声を聞くことが可能なため、日々の家事や仕事の合間にも気軽に楽しめるコンテンツとして、幅広い世代から支持を集めています。最近では、日本国内外を問わず、人気ドラマや漫画、映画から派生した新作コンテンツがポッドキャスト上で展開されることも珍しくありません(実際に、2022年5月からは、大人気コミックシリーズ『バットマン』のオリジナルエピソードがポッドキャストとして全世界配信されることも決定しています)。

ポッドキャストの中には、リスナーから絶大な人気を集め、書籍化に至る番組も見られるようになってきました。今回はそんな“人気ポッドキャストから生まれた書籍”を、各番組の魅力とあわせてご紹介します。

『奇奇怪怪明解事典』(TaiTan、玉置周啓)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4336072604/

『奇奇怪怪明解事典』は、人気ヒップホップユニット『Dos Monos』のラッパーを務め、古今東西のカルチャーにも造詣の深いTaiTanと、ロックバンド・MONO NO AWAREのボーカル・玉置周啓による同名のポッドキャストから生まれた書籍。『奇奇怪怪明解事典』は近年のポッドキャストブームを代表する番組のひとつで、芸人やアイドルらによる人気番組をしのぎ、Spotify Podcastチャートで最高順位1位を記録するなど、カルチャーに敏感な人たちの間で高い注目を集めているコンテンツです。

TaiTanと玉置による、本・映画・音楽といったさまざまな現代カルチャーに対する感想・批評が番組の主な内容となっており、書籍版には、全放送回の中から選りすぐった対談が収録されています。

ふたりによる自由でラフな雑談が、現代カルチャーや社会情勢への鋭い批評にシームレスにつながっていく点が、本番組の大きな魅力。たとえば、「第15巻『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』と記憶」の回では、玉置が番組の冒頭で、「意味不明な悪夢を見た」という何気ない雑談を始めます。その話を受け、TaiTanは、作家・乗代雄介による短編集『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』を想起したと言い、感想をこのように語ります。

“乗代雄介という人が書いた『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』(国書刊行会)という本が出ました。すっごい面白い。これ。周啓の今話してくれた悪夢みたいな。展開はすっごいナンセンスなんだけど、描写がすごい。今の悪夢の話は絶対ほんとだなと思うのが、事細かな描写が作り話っぽくないんだよね。なんつうのかな、本人にとっては本物なんだろうなっていう肌感が、ちゃんと伝わる。(中略)その具体まで踏み込んでいる描写が、悪夢という架空のものなのに、周啓の中では本当に見て、なんか実感を伴う作りがあったんだろうなっていう気がした。乗代さんの『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』っていう短編集もそんな感じ。”

話題はそこからさらに、記憶の確かさ/不確かさを巡る映画『ゆれる』や、贋作だけを売るギャラリーを舞台に、アートの真の価値がどこにあるかを問う漫画『ギャラリーフェイク』といったさまざまな作品のレビューへと展開していきます。

古いものから最新のコンテンツまで幅広い作品をインプットし、その魅力を余さずに言語化しようとするTaiTanと玉置の守備範囲の広さ・深さには驚かされるはず。番組のファンにはもちろん、小説や映画、お笑いなど、最新のカルチャーに触れたいけれどどこから手を出していいのかわからない──という人に向けての最良のガイドとしても、おすすめの1冊です。

『令和GALSの社会学』(あっこゴリラ、三原勇希、長井優希乃)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4074462567/

音楽評論家の田中宗一郎とタレントの三原勇希がパーソナリティーを務め、音楽や映画を中心としたポップカルチャーを巡ってゲストとともにトークするSpotifyの⼈気ポッドキャスト、『POP LIFE:The Podcast』。『令和GALSの社会学』は、同番組の中でも特に反響の大きかった、三原とゲストの女性2名が、身近な社会問題やエンパワメント(1人ひとりが本来持っている力を発揮し、自らの意思決定により自発的に行動できるようにすること)をテーマにトークを繰り広げた“令和GALS”の回を書籍化したものです。

本書では、三原、そしてラッパーのあっこゴリラと芸術教育アドバイザーなどを務める長井優希乃の3人が、フェミニズムやルッキズム、パワハラなどを巡る“モヤモヤ”に焦点を当て、カジュアルな雰囲気で討論をしています。

たとえば、あっこゴリラはコロナ禍で経済的に困窮しているミュージシャンたちの現状について語り、ライブハウスのノルマ制(一定の人数を集客できない場合、ミュージシャンが自分でライブハウスの代金を払わなければいけないルール)のような、業界の理不尽なルールにはどんどん声をあげていきたいと言います。その話を受け、長井と三原は、日本に蔓延する自己責任的な空気に問題があると指摘します。

“優希乃 そうだよね。「みんなつらいからいっしょに苦しもう」みたいなの、日本社会ってめっちゃ多くない? 例えば、生活保護を受けてる人ってたたかれるじゃない? たたく側は、こっちも苦しいんだから、生活保護でお金もらってるなんて許せない、こっちは苦しんで働いてやっと稼いでるのに、なんで働かないでお金もらえるんだ、っていうメンタルなのかもしれないけど、それってマジでおかしいって思ってる。
三原 自己責任だっていうね。
優希乃 自己責任論がすごいよね、日本って。
あっこ ヤバいよね。
優希乃 今の日本って沈没しかけてる船みたいな感じがする。死ぬまでみんないっしょだよ! みたいな。
あっこ みんなでいっしょに我慢しよう! って感じじゃん。私はそのシステムに対して中指立ててる。”

3人のトークは共感と相互理解を中心に置きながらも、時にはそれぞれが語る思想やカルチャーに対し「それは知らない」「なんで?」「マジで!」などと、疑問や否定を挟みつつ進んでいきます。3人が忖度や遠慮を一切せず、自身の素直な思いを吐露し合えているという安心感が、本書からは強く伝わってきます。

話題に上るフェミニズムやルッキズム、社会情勢に関する専門用語に関しては、各章の末尾にわかりやすい解説もついているので、ポッドキャストをきっかけに社会学に興味が湧いてきたという方の入門書としてもおすすめです。著者の3人と世代の近い女性たちには特に読んでいただきたい、日々のモヤモヤをすこし小さくしてくれるような1冊です。

『むかしむかし あるところにウェルビーイングがありました』(石川善樹、吉田尚記)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B09QFK4Q4M/

2022年の最重要キーワードのひとつとも言われる、「ウェルビーイング」(=肉体的にも精神的にも社会的にも、満たされた状態にあること)。もともとは医療や福祉の分野で使われていた言葉ですが、近年、コロナ禍をきっかけにウェルビーイングへの注目度が上がっています。

本書は、ウェルビーイングについて第一線で研究する予防医学研究者・石川善樹とアナウンサー・吉田尚記によるポッドキャスト『ウェルビーイング ~旅する博士と落語するアナウンサー』を書籍化したもの。ポッドキャストは、ウェルビーイングの概念をやさしく解説・紹介するその内容から好評を呼び、第3回JAPAN PODCAST AWARDSも受賞しました。

著書のひとりで医学研究者の石川は、近年ウェルビーイングがこれほどまでに注目を集めるようになった理由を、“現代の私たちがヒューマンドゥーイングへと変わりつつあるから”だと分析しています。

“夢は? 将来の目標は? 我が社のパーパスは?
日々、全方位から何を「する」か問われ続けるこの社会に、多くの人が疲れています。この世界にただ「いる」だけでは足りない。自分から世界に働きかけないといけない、価値がないとみなされる。
これではまるで私たちはヒューマンビーイングではなく、ヒューマンドゥーイングです。”

では、どうすれば“ヒューマンドゥーイング”な状態から抜け出せるのか。欧米とは違う、日本独自の風土や文化にその手がかりがあるのではないか──。そんな仮説を出発点に、本書では落語、日本昔ばなし、身近な社会問題といったさまざまな話題を材料として、人がウェルビーイングに生きるためのヒントを考えていきます。

その一例として、「未来の不確実性」がウェルビーイングに生きるためのひとつの要素であると語られています。

“象徴的な例として、オリンピックのメダリストで考えてみましょう。
オリンピックに出場する選手にとって、最上の結果は金メダルです。(中略)ところが、金メダルを取った選手よりも、銀メダルを取った選手のほうが実はその後の人生で成功しやすい、高収入を得ていたという研究結果が出ています。(中略)
それは金メダルを獲得することによって、人生の「予測不可能性」が下がってしまうからだと考えられます。
柔道で金メダルを取ると、多くの選手はその後も柔道の道に縛られ続けます。自分=柔道という思い込み、周囲からの期待の眼差しが強化され、柔道以外のキャリアが歩みづらくなるのです。結果、その先の人生において何が起きるかわからないワクワク感やサプライズ感は必然的に薄れます。”

このように、ユニークな例や意外性のある挿話を挟みつつ、さまざまな角度から「ウェルビーイング」を検証していく本書。仕事にやりがいは感じつつも、どこか毎日が物足りないと感じている方に、特に読んでいただきたい1冊です。

おわりに

家事や仕事、作業などをしつつ片手間でコンテンツを聞く、“ながら聴取”ができることがポッドキャストの大きな魅力。しかし、時には集中して耳を傾けたい討論や、何度も聞き返したくなるようなエピソードが展開されることもあります。ポッドキャストの書籍化は、そんなリスナーの思いに応えてくれるもの。今後も、多くの人気番組の書籍化が期待されます。

今回ご紹介した3冊の本は、書籍版の面白さもさることながら、ポッドキャストのトークもそれぞれ絶品です。ぜひ、双方のコンテンツに手を伸ばしてみてください。

初出:P+D MAGAZINE(2022/04/07)

◎編集者コラム◎ 『羊の国の「イリヤ」』福澤徹三
週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.37 吉見書店竜南店 柳下博幸さん