◎編集者コラム◎ 『百年厨房』村崎なぎこ
◎編集者コラム◎
『百年厨房』村崎なぎこ
郷土愛が豊か、いや、前作よりさらに深まっている――。
本作『百年厨房』が「第3回日本おいしい小説大賞」を受賞した際、選考委員の山本一力さん、柏井壽さん、小山薫堂さんの意見は見事に一致しました。村崎なぎこさんは、その前年、別の作品で最終候補に残ったものの、惜しくも受賞ならず。しかしその選評を参考に、選考委員の意見を血肉にして本作を執筆、見事に大賞をつかみ取ったのでした。
本作の舞台は宇都宮市大谷町。大谷石の採掘地として有名で、今年「大谷の奇岩群と採石産業の文化的景観」が国の重要文化的景観に指定されました。かつて石材商を営んでいた家も多く、有形文化財として登録されている「小野口家住宅」などの建築物も残っています。
『百年厨房』の主人公、石庭大輔が住むのも、元石材商の旧家。しかし天涯孤独の身である大輔は、蔵まである広い庭も持て余し気味。友人で学芸員の紫(ゆかり)は石庭家に眠る文化財を調べたくてうずうずしている様子。そんなある日、庭に和服姿の女性が現れ、大輔の亡くなった祖父の下で働いていた女中だと言います。さらに彼女が作った「冷やしコーヒー」を飲んでびっくり。祖父が亡くなる直前まで飲みたいと言っていた通りの味だったのです。
タイムスリップしてきたアヤと、転がり込んできた姪、さらに紫も加わって、奇妙な同居生活が始まります。家事エキスパートであるアヤが作り出す料理は、百年前のレシピ。栃木県民の愛する「チタケうどん」や那須塩原名物「じんごろう焼き」。さらには謎の料理「ベーキャップル」など。じつはこのレシピ、村崎さんが資料を繙いて見つけ出してきたものばかりなのです(もちろん、作中ではアレンジされています)。巻末には、「令和版冷やしコーヒー」レシピも掲載。大輔たちといっしょに、作中の味を楽しむことができます。
単行本が刊行されると、宇都宮を中心に、多くの地元の方に本作を楽しんでいただきました。ついには地元の学校給食に「ベーキャップル」が登場したり、〈フェスタin大谷〉では近隣飲食店でコラボメニューが提供されたり。これほどまでに、地元のみなさんに愛される本もなかなかないのでは……と、驚くほど。
ちなみに、来年刊行予定の新作も、宇都宮が舞台。こちらも愛される作品になるよう、鋭意準備中です!
──『百年厨房』担当者より