佐野 晶『ゴースト アンド ポリス GAP』

東海道線の天使


 選者である相場英雄さんが選評に「編集者と行う厳しく辛い研磨の作業」としての改稿があると書いてらっしゃったし、編集の幾野克哉さんも募集時に「私が編集します」と改稿する気満々のコメントを出してらっしゃった。脅えながらも覚悟はしてました。とはいえ贈呈式直後にドカンと大きな設定……というより骨組みを変えるように命じられた時には、震えが走りました。〝そんなことできない!〟って。受賞の浮かれ気分も吹き飛び、ご馳走になった特上寿司の余韻も消え失せて、東海道線で帰宅の途についたのでした。

 電車の中や飲食店など衆人の目がある方が仕事がはかどるということは、いろんな作家さんがエッセイで書かれているし、泡沫ながらも私もライターだったので、そういう経験もしていました。この時も東海道線の長椅子の端っこ(一番好きな席)に陣取ってノートを前に焦りまくりながらも、考え続けていました。〝あの事件をどうやって紐づける?〟と。〝あのラインで行けるか? いや、そうなるとアッチの筋がダメだ〟。中空を見つめて、しきりに首をひねって唸っている私は常人には見えなかったことでしょう。しかし念ずれば通ず、です。天使が耳元でささやきました。〝このラインで行けんじゃねぇ?〟って。やっぱり電車が一番です。二番は風呂で、三番目がデニーズです。

 するとスルスルと他の事件も紐づいていくんですよ。東海道線、天晴れ! ノートに夢中で書き留めていったのをありありと覚えています。興奮してました。書き終えて、深くため息をついて周囲を見回すと、電車が停まっていることに気づきました。みんな焦った様子でスマホを操作してます。時計を見ると東京駅を出てから一時間が経過してるんです。辻堂駅に到着してなきゃいけない時間なのに、どう見ても車外の景色は横浜近辺です。車内アナウンスがようやく耳に届きました。故障のために停車している、と。私が苦しむさまを見かねて、じっくりと考える時間を作ってくれたに違いない。東海道線に幸あれ!

 ところが改稿はこれだけでは終わりませんでした。なんと十回も行われたのでした。辛かった。その度に東海道線が救ってくれたのです。これだけは書かせてください。結果、とても面白い小説になったと思っています。自慢じゃありません。東海道線の天使のおかげなんです。

佐野 晶(さの・あきら)

東京都中野区生まれ。大学卒業後会社勤務を経て、映画ライターに。『そして父になる』『三度目の殺人』『アルキメデスの大戦』など映画のノベライズも手がける。2019年、本作で第1回警察小説大賞を満場一致で受賞しデビュー。

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