◎編集者コラム◎ 『ゴースト・ポリス』佐野晶

◎編集者コラム◎

『ゴースト・ポリス』佐野晶


『ゴースト・ポリス』写真
第1回から第3回までの警察小説大賞受賞作が、揃って文庫化! ストーリーも方向性も文体もまったく違えど、面白さは3冊とも保証します!

「編集者コラム」という企画主旨からはやや逸れるのですが、文庫『ゴースト・ポリス』に解説を寄せてくださった井中大海氏が、本欄への転載を快諾してくださいました。これ以上、本書の魅力を的確に語っているものはありません。編集者の拙いコラムより、ずっと有意義な内容です。ぜひご一読ください。

解説

井中大海


 本書は、第一回警察小説大賞受賞作『ゴースト アンド ポリス GAP』を文庫化にあたり、『ゴースト・ポリス』と改題した作品である。神奈川県藤沢市辻堂にある鳩裏交番に勤務する〝ごんぞう――自主的窓際警官〟たちが、虐げられ蔑まれながらも地域社会に密着し、地元の小さな事件から大きな事件までを密かに解決してゆく日々を描いた群像型警察小説である。

 警察小説大賞は、二〇一八年に小学館主催で公募が始まった新人賞である。メディアミックスに強く、文庫市場にも強い警察小説の可能性に賭け、あえて限定されたジャンルで応募を募ったところに新味があった。選考委員には、小学館発のベストセラー警察小説である『震える牛』の相場英雄氏、『教場』の長岡弘樹氏、両作を編集担当した小学館の幾野克哉氏(小説誌「STORY BOX」編集長【当時】)が就任した。当初、応募要項に「受賞作は必ず私が編集担当します」と幾野が明言したことも注目された。

 その三人で執り行われた第一回警察小説大賞の最終選考会で、本書は満場一致での受賞を勝ち取っている。選評では、相場氏が冒頭のつかみの弱さと難解さを指摘しつつ、「アンチヒーロー的な主役が魅力」と講評した。一方で、長岡氏は「いわゆる『ごんぞう』だけを集めた実験交番。この設定を上手く生かし、愉快で物悲しい人間味のあふれる警察小説に仕上がっている。私はここに落語の世界を感じた。落語なら幽霊が出てきても不思議はない。普通なら漫画っぽくなりそうな人物が、立体的に造形されているのもいい。主人公が途中から変わってしまったようだが、そうした崩れ具合すらも、本作の場合は一つの味になっていた」と高く評価している。

 幾野氏は、「冒頭シーンに困惑したが、読み進めれば読み進めるほど面白くなる。警察小説というテーマに、もっとも斬新な形でこたえた作品であることは間違いない。後半の盛り上がりは、受賞作にふさわしい」と評している。最終候補作四作の中から、早い段階で抜け出していたようだ。

 新人賞の受賞作が、応募時の原稿のままで書籍化されることは稀である。刊行までは、編集者と二人三脚での改稿作業が待ち受けている。選考委員の相場氏は選評の中で、「現状、受賞作はあくまで原石であり、受賞者には担当編集者と行う厳しく辛い研磨の作業が待ち受けている。宝石が職人の技で輝くように、受賞作も多面的なカットを施し、読者の興味を惹きつけるだけの改稿を終えることが必要だ。あくまでも山麓というスタート地点に立ったばかりであり、これから険しい登山道が待ち受けている。改稿を経て山頂に辿り着けば、今まで見えなかった景色が広がる。次の山という作品を縦走するために、受賞作の研磨作業を懸命に行ってほしい」とエールを送っている。代表作『震える牛』を十回近く改稿したと公言している相場氏の言葉には、実感が籠もっている。

 二〇一九年十二月に刊行された第一回警察小説大賞受賞作『ゴースト アンド ポリス GAP』は、選考会で指摘されたつかみの弱さと難解さが克服され、「秀逸」とされた後半のホームレス連続殺害事件の捜査行についても、より強いリーダビリティを感じさせる迫力満点の内容に、更新されている。

 特筆すべきは、キャラクターの造形に磨きがかかったことだろう。東北大学法学部を卒業後、地方公務員で警察官となった桐野哲也は、鳩裏交番勤務となったことで自身の未来を悲観している。鳩裏交番からの一刻も早い脱却を画策していた桐野を変えたのが、〝ごんぞう〟たちの中心人物である小貫幸也だった。おそろしいほどの美男で、きゃりーぱみゅぱみゅの「つけまつける」をいつも口ずさんでいる小貫は、ダメ警官の典型のようにも見えるが、巡回連絡が大好きで、日ごろから地元の一軒一軒を細かくまわり、家に上がり込んでお茶が出るほどの信頼関係を築いている。この人脈が事件の解決に役立っていることに気づいた桐野は、少しずつ小貫に傾倒してゆく。このバディは霊感があまりないにもかかわらず、エクソシストとしての資質に長けており、「自宅に幽霊が出て困っている」という住民からの相談も、うまく解決してしまうのだ。後半、ホームレス連続殺人の犯人に二人がどのようにして辿り着いたか、そして犯人に対してどのような行動に出たかは、ぜひ本書にてお楽しみいただきたい。手に汗握り、最後は涙をこぼしそうになる展開が待っている。

 本書の受賞で始まった警察小説大賞は、第二回受賞作として鬼田竜次氏の『対極』(まさかの「教場」破りから幕を開ける悪童警官小説)、第三回受賞作として直島翔氏の『転がる検事に苔むさず』(本庁勤務に戻れない中年検事が正義を貫く姿を描いたリーガルミステリー)を送り出した後、警察小説新人賞に改称された。第二回受賞作、第三回受賞作ともに文庫化されたばかりである。どちらも本書『ゴースト・ポリス』に比肩する傑作ミステリーなので、ぜひ手に取っていただきたい。

 警察小説大賞を引き継いだ警察小説新人賞は、第一回受賞作に麻宮好氏の『恩送り 泥濘の十手』が選ばれ、「警察小説の賞を捕り物帳で受賞⁉」と世間を騒がせた。あまりの筆力の高さに、「カテゴリーエラーでは」という意見は、吹き飛ばされたようだ。麻宮氏は第二作『母子月 神の音に翔ぶ』を二四年一月に刊行したばかりで、こちらも歌舞伎界を舞台にした本格時代小説として大きな注目を集めている。

 現在のところ最新の第二回警察小説新人賞作となる『県警の守護神 警務部監察課訟務係』は、前述の『母子月 神の音に翔ぶ』と同時発売で、二四年一月に発売されたばかりだ。選考委員の今野敏氏をして「この新人がデビューしたら、私の立場が危なくなるんじゃないか、と思うくらい評価した」と言わしめた本作は、警察×民事訴訟という新ジャンルを切り拓いた作品でもある。

 話を佐野氏とその作品群に戻そう。本書の単行本刊行から約二年後の二〇二一年に、またもや湘南地区の鳩裏交番に勤務する警官を主人公にした第二作『毒警官』を上梓した。様々な死に至らないはずの毒を操り、事件にならない事件を解決してゆく警官・阿久津の姿が、本書の桐野、小貫に重なって見えるのは私だけだろうか。彼らは、佐野氏が貫き通す「弱きを助け、強きを挫く」というテーマの体現者であるのかもしれない。

 作家としてオリジナルの小説を刊行する一方で、佐野氏は、数多くの映画のノベライズ作品を手がけている。是枝裕和監督作品のノベライズを担当した『そして父になる』『三度目の殺人』『怪物』は映画のヒットとあいまって、ベストセラーとなっている。

 現在、佐野氏は第三作を執筆中で、こちらも舞台は同じく神奈川県湘南地区になるようだ。第三作において、長く未解決となっている殺人事件を継続捜査する刑事たちも「弱きを助け、強きを挫く」という言葉を胸に秘めているのかもしれない。編集者との果てしない研磨作業の末に、どのような警察小説が刊行されるか、心して待ちたい。

(いなか・おおみ/警察小説愛好家)

──『ゴースト・ポリス』担当者より

ゴースト・ポリス
『ゴースト・ポリス』
佐野晶
『黄色い家』川上未映子/著▷「2024年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR
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