「推してけ! 推してけ!」第13回 ◆『毒警官』(佐野 晶・著)
評者・相場英雄
(作家)
盛り盛りの毒が全開! 超法規的捜査!
佐野晶という作家は不思議な人物だ。私を含め、作家を生業とするような人間は大概世間に順応できない変わり者、捻くれ者が多いが、その中でも同氏はかなり異質な存在だといえよう(褒めてます、念のため)。
約二〇年前の見習い時代、勝手に師匠と仰ぐ大先輩作家からこんな言葉を頂戴した。
〈描き出すキャラクターは作者を反映する。作家自身がつまらない人間なら、登場するキャラクターは凡庸になり、やがて読者から飽きられる〉
大師匠の金言を胸に刻んだ私は、コロナ禍以前は頻繁に夜の街に繰り出し、居酒屋で、あるいは接待を伴うお店で多くの人の話に耳を傾け、キャラクター造形の参考としてきた(決して言い訳ではない)。
こうした地道な取材、リサーチを反映させた結果、拙作にはハッピーエンドが存在しない。世の中に勧善懲悪などというものは存在せず、都合の良い話などは一切ないと悟ったからだ。
大多数の市井の人々は、会社や組織の理不尽に耐え、家族間の軋轢の間で生きている。その理不尽や軋轢の本質を抉り出すことが私のスタイルとなった。
さて、この大先輩作家が提唱した法則を佐野氏に当てはめてみた。
本作『毒警官』の主人公たる阿久津は、変わり者を自認する私が卒倒するようなキャラクターだ。なんせ、自宅の秘密倉庫に多数の毒を保有しているのだ。しかも警官なのに、非合法極まりない〈ハッパ〉や〈冷たいヤツ〉まで常備している(意味がわからない人は自分で検索すべし)。
タイトルの毒とは、毒舌を吐きまくって犯人を罵倒する刑事でもなければ、薬物犯専門の刑事でもない。阿久津自身が毒を偏愛する超がつくほどの変わり者だから毒警官なのだ。
穏やかな笑みを浮かべる佐野氏のご自宅に同様の設備があるかは不明だが、同氏自身がつまらない人ではないことは、デビュー作『GAP(ゴースト アンド ポリス)』の突飛かつ大胆な設定をみても明白だ。本作は、またもや平凡な作家である私の想定を軽々と超えてしまった。
トリカブトなど多種多様な毒を偏愛し、膨大かつ精緻な知識を持つ阿久津が、世の中の理不尽に立ち向かい、毒を使ってトラブルを解決するのが本作の大まかな特徴だ。
今どき風に言えば〈盛り盛りの毒が全開〉、メガ盛りで有名な某ラーメン店の注文に倣えば、〈毒が増し増し、冷たいのつけますか?〉なのだ。
そして、前作『GAP』と本作に通底するのが、圧倒的な弱者の視点だ。児童虐待、家庭内暴力、いじめ……軽妙な筆致とは対照的に、虐げられる者たちが直面する一つ一つの事件や出来事は苛烈であり、ときに目を逸らしたくなるような場面さえある。
また、警察組織が決して正義の味方ではなく、警察なりの勝手なルールがまかり通り、一般市民が抱く組織像と大きく乖離していることも痛烈に描き出している。
佐野氏が〈ごんぞう〉たる阿久津に込めた警察内弱者の存在も、本編の重要なファクターとなっている。
本来であれば、警察や各種の保護団体が弱者を救済せねばならないのだが、事なかれ主義の警察、役所の怠慢で放置されてしまう。
〈ごんぞう〉と名乗る阿久津は、圧倒的な毒の知識と警察組織で得た法律の知識を駆使し、超法規的な捜査、そして行動力でトラブルを解決していく。
こうしたことを書き連ねていくと、本作が空虚なストーリー展開だと誤解されそうだが、先に触れた〈圧倒的な弱者の視点〉があるからこそ、阿久津のスーパーマンぶりに妙なリアリティが生まれるのだ。本編は小さなエピソードが積み重ねられ、そして意外な結末へと辿り着く。この展開も見事だ。
コロナ禍によってもたらされた大不況の中、最近の読者は〈外れ〉を極端に嫌うという。プロの作家である私が推す。本作は〈当たり〉だ(要するに買って損はない)。
佐野氏の次回作は、どんな非凡庸なキャラクターが登場し、プロの書き手である私を仰天させてくれるのか。今から首を長くして待ち望んでいる。デビューしてまだ日が浅い同氏だが、読者から飽きられる心配は微塵もない。
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『毒警官』
著/佐野 晶
相場英雄(あいば・ひでお)
1967年新潟県生まれ。『デフォルト 債務不履行』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞しデビュー。BSE問題を題材にした『震える牛』がヒット作に。「震える牛」シリーズ最新作の『覇王の轍』を「STORY BOX」にて連載中。
〈「STORY BOX」2021年11月号掲載〉