『凍った脳みそ』著者インタビュー・後藤正文さんが語る、逡巡の日々

ロックバンド、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル&ギターを担当し、コラム連載やボランティアなど多彩な活動をされている後藤正文さん。プライベートスタジオ、“コールド・ブレイン・スタジオ”での日々を綴った書籍『凍った脳みそ』にまつわるエピソードを中心に、インタビューを実施しました。

2003年にメジャーデビューして以来、ロックバンド、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル&ギターとして目覚ましい活躍をされている後藤正文さん。そんな後藤さんは2018年、プライベートスタジオ“コールド・ブレイン・スタジオ”での日々を綴った書籍『凍った脳みそ』を発表しました。

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出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4909394141

『凍った脳みそ』では、弁当屋の地下という物件との出会いから、良い機材の追求、かと思えばカビや害虫への対策など、ときに予想できないような出来事がユーモアたっぷりに語られています。

今回は著者である後藤さんに、インタビューを実施。スタジオ作りで幾度となく経験した“逡巡”をはじめ、作品にまつわるエピソード、影響を受けた作品などさまざまなお話をお聞きしました。

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【プロフィール】
後藤正文(ごとう・まさふみ)

1976年静岡県生まれ。日本のロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATION のボーカル&ギターを担当し、ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がける。ソロでは「Gotch」名義で活動。また、新しい時代とこれからの社会を考える新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長を務める。レーベル「only in dreams」主宰。著書に『何度でもオールライトと歌え』(ミシマ社)、『YOROZU妄想の民俗史』(ロッキング・オン)、『ゴッチ語録』(ちくま文庫)がある。

 

スタジオで自分の煩悩と向き合う瞬間、文学性が生まれた

──『凍った脳みそ』を執筆されるまでの経緯をお聞かせください。

後藤正文さん(以下、後藤):ミシマ社さんのサイト「みんなのミシマガジン」での連載として、「音楽にまつわるもの」というお話をいただいたのがきっかけです。最初は音楽レビューを検討していたのですが、「自分のスタジオに関する話でも書けます」ということで、連載が始まりました。

──今作の舞台となる“コールド・ブレイン・スタジオ”については以前、Twitterで「BECKの楽曲から取った」とツイートされていましたね。

後藤:「スタジオを“作業場”と呼んでいると、どんどん気持ちが貧しくなってしまうな。せっかくなら、かっこいい名前を付けよう」と思いました。「冷たい」よりも「凍った」の方が響きとしても面白いだけでなく、自虐的で少し間抜けなイメージもあるので。

──ご自身のスタジオにまつわるエピソードを書こうと思ったのは何故でしょうか。

後藤:スタジオのアップデートによって、自分の煩悩と向き合うことに文学性が生まれてくる感じがあったのが大きいですね。「ミュージシャンはこんなにも哀れなことを考えているんだ」なんて姿を描きたかったんです。

──実際に読まれた方からは、どのようなリアクションがあったのでしょうか。

後藤:「電車の中で読んだら笑いそうになる」なんて声もありましたが、地元の友人からは「面白いね!」、「狂ってるね!」と褒められましたし、「友達っていう先入観がなくても、面白い」と普段から本を読んでいる友人にも言われました。激賞されたのは、すごく嬉しかったですね。

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──あとがきで「この本はれっきとした音楽書であり、スタジオ作りにまつわる冒険譚でもある。とかなんとか言いながら、俺は今日もまたスタジオの音響について悩んでいる。」とありますが、現在のコールド・ブレイン・スタジオで直面している悩みは何でしょうか。

後藤:最近の課題は、音響用としてブロック塀のブロックを40個くらい運び込みたいのですが、すごく重いんですよ。スタジオの入っているビルにはエレベーターがないので、自分で地下まで降ろすしかない。この前は20個くらいまでは運び込んだんですけど、「音楽の仕事をするはずが、どうしてブロック塀を運んで疲弊しているんだろう」なんて気持ちになりましたね。

──そんなことが……(笑)。 ということは、今もまさにスタジオのアップデートが行われているのですね。

後藤:そうなんですよ。信じられない額の見積もりが来たときは、落ち込んだりもします。

 

書いている自分もゲラゲラ笑える文章を目指している

──『凍った脳みそ』にはスタジオのカビ対策や機材選びなど、さまざまなエピソードが数多く書かれていますが、特にお気に入りのものはありますか。

後藤:自分で1番ウケたのは、「弟子ケイタ」(※)ですね。

続いて、友人エンジニアは「マイクの保管用に弟子ケイタを買ったほうが良い」と俺に勧めるのだった。
はて、弟子ケイタとはなんだろうか。はたまた、誰だろうか。

『凍った脳みそ』より

※編集部注:湿気から機材を守る“デシケーター”(防湿庫)を誤って“弟子ケイタ”と認識していたエピソード。

書いてすぐに友人のエンジニアに見せたら、「腹抱えて笑った」、「笑い過ぎて30分ぐらい立ち直れなかった」と返ってきて、「面白いんだな」って。

──謎の存在だった“弟子ケイタ”の正体が明らかになった瞬間は、非常にユーモラスでした。その他にもプリアンプ(録音機材の一種)やPro Tools(録音編集ソフト)など、さまざまなものを擬人化させていますね。

後藤:分かりやすく読んでもらおうとして「プリちゃん」や「プロ技くん」と擬人化したはずが、余計分かりづらくなっていますよね。登場人物が増えたことで、途端に読みづらくなっているという(笑)音楽ソフトの話をしていたはずなのに、急にハゼが出てきますし。

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──そんな豊かな表現が楽しめるのも本書の魅力ですが、後藤さんが影響を受けた作家や作品はあるのでしょうか。

後藤:たとえばホームセンターに行く場面でも、「自分の気分によって、店内がとんでもないことになっていたら面白いだろうな」と思って書いているところがあります。そんな「むちゃくちゃなことを書いてもいいんだ」、「書くことって自由なんだ」と気付いたのは、以前から好きだった町田康さんの作品との出会いが大きいですね。

中でも、おっさんが横浜の美術館に行く途中、駅で変な女の人に出会って、どんどん脱線していく……、という『生の肯定』を読んだときは、「妄想の分には脱線してもいいんだ」と教えてもらったような気がします。楽しく読んでもらうためにも大切なのかもしれないですし、僕も書いてて飽きません。そもそも、本当にスタジオのことだけを何の脱線もなく書いていけば、多分暗い作品や専門書となってしまうのではないかとも思います。だからこそ、自分でも楽しく、ゲラゲラ笑えるように面白く書こうと決めています。

──たしかに、『凍った脳みそ』の、突如として妄想が展開されていくシーンからは、町田さんをイメージする人も多いかもしれません。

後藤:町田さんっぽい要素を抜くように意識して、うっかり関西弁を使わないよう気をつけたりもして(笑)町田さんの作品を読むと、普段使いもしない関西弁を使いたくなりますよね。

文章のリズム感で言えば、町田さんだけでなく、古川日出男さんの影響も受けています。おふたりの作品に見られる、独特な文章のリズム感は非常にかっこいいですよね。

 

僕のことを誤解している人に読んでほしい

──後藤さんにとって、『凍った脳みそ』を届けたい層や読んでほしい層はあるのでしょうか。

後藤:具体的に「こういう人に読んでほしい」というのは、あまり考えてないですね。ただ、強いて言うなら、僕のことを誤解してる人に読んでほしいです。僕のことを「生真面目」、「気難しい」みたいに、ひとつの角度からしか見ていない人にこそ、読んでもらいたいと思います。

僕は朝日新聞でもコラムを書かせていただいていますが、多くの人が読むこともあって、社会的な責任を意識しています。一方でミシマ社さんの連載では「楽しく書くこと」を大切にしています。もしも朝日新聞だけを読んでいる人からしてみれば、僕はすごく硬い文章を書いているように思われるでしょう。でも、「理想のスタジオを作りたい」という煩悩まみれの僕の方が、普段の姿に近く、気張っていない感じがあります。人間には多様性があって良くて、一言で表せるような存在でもないと思っているので。

──『凍った脳みそ』によって、新たな後藤さん像が生まれるような。

後藤:Twitterで社会についてツイートしているのを見て、「あの人、面倒くさい人なんだな」、「ライブのMCでそんな話ばっかりしてるんでしょう」なんてイメージを持っている人もいるかもしれませんが、実際はそんなこと全然ないですよ(笑)むしろ、「ポップなんだ」と思って欲しい。

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──そのような「多面性」について印象的だったご自身のエピソードはありますか。

後藤:1月の初旬に、ZOZOTOWNの前澤友作社長がTwitterで「100人に100万円をプレゼントする」というキャンペーンをされていましたよね。あの企画に僕も参加していたのですが、「あんな俗物的なキャンペーンに参加するなんて、がっかりしました」なんて人がいました。

100万円はミュージシャンにとっても大きな額ですが、そもそもばら撒きに近い行為はどうなんだろうとか、複雑な気持ちが湧き上がったことも事実です。「批判するにしても、僕には何らかの役割が果たせるのか」と葛藤がありましたし、「参加しやがって」という人の気持ちもわかる気がします。その一方で、「100万円が欲しくて参加する」という人の気持ちもわかる。そう考えると、キャンペーンに関して一言で表現するのって、すごく難しいですよね。

──参加する人や批判する人と、異なる立場からさまざまな意見が生まれた企画だったように思います。

後藤:物事や誰かに対して、シンプルな感情を爆発させるときが1番怖い。『凍った脳みそ』でも、機材からはたまたウォシュレットまで、どうするべきか場面場面で逡巡が押し寄せていますけれど、それは別の角度で考えるからこそ描けたところがあります。そんなことを思う必要はないかもしれませんが、そういう逡巡って意外と大事なのではないかと。

──そうなると、『凍った脳みそ』は後藤さんが逡巡している姿を、無意識的に書かれたということでもあるのですね。

後藤:そうですね。「この機材が欲しいけど、スタジオがもし移転するとなったらきついな」とか、「もうちょっと待てば新しいものが出るかもしれないから、今は保留にしよう」とかを含め、悩むところは多いです。

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──帯でも町田さんが「そんなことは業者に任せ、その時間で音楽を作ってくれ」と書かれていますが、後藤さんはご自身の手でスタジオ作りに取り組まれている理由はあるのでしょうか。

後藤:最終的には業者にお願いしていますが、「頼んでみたけど想定外の見積もりが出てきたから、ここだけでも自分でやってみよう」となるべく自分でやりたいっていうのもあって。ただ、最近は「人に仕事を作る」ことも尊いことなんだなと気付きました。

──それはどのようなことがきっかけだったのでしょうか。

後藤:仕事をするうえで人手不足を感じているのですが、人を雇うことって、実は難しいんだなと実感しました。こういう職業の場合、専門的な知識がない人にはこちらが教えて学んでもらわなければいけないし、既に知識を有している人は、既に別の現場から声をかけられていることもあるでしょう。お支払いする報酬もどれほどの金額が最適なのか、イメージが難しい。それもあって、自分でやっている理由のひとつになっています。

そういうのを含め、「雇う」ことへの考え方はかなり変わってきましたね。起業する方のアイデアやエネルギーには驚きます。

──『凍った脳みそ』では音楽活動の中で、自分が人を率いていた時期から、全員で協力していた時期という形で逡巡していたと書かれていますが、現在はどのようなフェーズにあるのでしょうか。

後藤:制作時は、基本的に孤独な作業です。だからこそ、今は協力して取り組める仲間がいるのは素敵なことだなと思います。僕は、たくさんの人がいるチームのトップに立つことへの欲望を持っていません。むしろ、プレッシャーを感じてしまいますし、僕はさまざまな人と協力して、良い作品を作りたいという気持ちの方が大きい。メンバー内の立ち位置のようなものはその時々によって変わりますが、少なくとも「こう言ってるんだから、絶対こうだ!」ではないというか。人によっては遠慮してしまうかもしれないけれど、仲間が100%で怒ってくれる環境が良いですし、楽しいです。

 

詩は抽象的にも具体的にも書くことができる

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──後藤さんは過去にも書籍を執筆されていますが、今後書いてみたい題材はありますか。

後藤:歌詞ではなく、詩集を書きたいという気持ちはありますね。

──なるほど。では、今回のようなエッセイと詩の違いは、どこにあるのでしょうか。

後藤:エッセイはちゃんと読んでもらうことを前提としている以上、やはり読めないといけないですよね。意味が分からないと意味がありません。

詩は自分の中で辻褄が合っていたり、震えるような表現があれば意味はそこまでなかったとしても良いのではないかと。日付だけ書いたものを作者が「詩です」と言ったとしても、詩はひとつの作品として成り立ちます。抽象的にも具体的にも書けるかそうでないか、詩とエッセイの違いは、そこにあると思います。

──以前は小説も執筆されていますが、小説の執筆についてはあまり考えられていないのでしょうか。

後藤:「小説らしいものを書くことができても、続けることはできない。小説家とは、小説を書き続けられる人のことだ」なんてことを村上春樹さんもエッセイで述べられていますが、本当にその通りで、小説のようなものは書いたことはあっても、書き続けられないなと。締め切りに追われたとき、「僕はミュージシャンなのに、どうして小説を書いているんだろう」って思ってしまうかもしれないし(笑)

ただ、文章を書くことは依頼していただくうちは、続けていくつもりではいます。「辞めろ」って言われたときが、潮時なのかもしれないですね。

<了>

初出:P+D MAGAZINE(2019/02/06)

◎編集者コラム◎ 『脱藩さむらい 蜜柑の櫛』金子成人
◎編集者コラム◎ 『JK☆ROCK』豊田美加 脚本/谷本佳織