ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第119回

「ハクマン」第119回
すぐに理解できない
ところが多い作品は
むしろ良作である

実際、ネット上でも、攻殻機動隊を見る順番は、普通に公開順に見ろという意見もあれば、先に世界観や設定を理解するために、一番わかりやすい2004年からのテレビアニメシリーズを見てから1995年の劇場版に戻れ、というタイムリープを勧める派に分かれている。
さらに、作品内の時系列順に見ようと思ったらまた順番が変わるようだ。
そして、たくさんありすぎて面倒だから初手で攻殻機動隊を見限りたいという場合はハリウッド実写版という虎穴に入って虎に食い殺されることを推奨される。

だがこの「一発で攻殻機動隊を諦めたいならどれから見たらいい?」という質問ですら「ARISE」「2045」など意見が割れるのが攻殻機動隊なのだ。
そうなると「なんでやARISEエエ女やろ」という識者同士の論争がはじまり「初体験をどこですませたらいいか」を聞きたかった攻殻童貞たちは無視されはじめるのだ。

ここまでくれば守の話から最終的に俺たちは駿のことをどう思っているのかという恋バナに発展するまでそう時間はかからず、結局攻殻機動隊への新規参入は雲散霧消しがちであった。

しかし、ここまでプレゼン資料のパワポデータが破壊されているのに、人々を魅了し全世界にファンがいる攻殻機動隊に対し逆に凄みを感じたので、一番わかりやすいとされているテレビアニメシリーズから視聴をはじめてみた次第である。

やはり「布教」はプレゼンがわかりやすくて面白ければ成功するというわけではない。

どんな話なのか、何が面白いのかさっぱりわからないが、目の前で大の大人が汚泥にまみれて転がっている姿を見て「何がコイツをこうまでさせるのかこの目で確かめたい」という好奇心で手を出すこともある。
やはり布教は熱意、そして諦めない心である。

そんなわけで、テレビアニメ版を見はじめ面白かったので、まんまとその続編と、その続編である劇場版まで見てしまった。

確かに世界観もストーリーも難解であり、初見ではわからないところも多かったのだが、私にとってすぐには理解できないところが多い、というのはむしろ良作なのである。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

◎編集者コラム◎ 『アルテミスの涙』下村敦史
週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.120 八重洲ブックセンター京急百貨店上大岡店 平井真実さん