ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第13回
漫画家は〆切があるから描く。
漫画も登山も同じことだ。
誰しも真夜中に描いた、手紙、日記、ポエム、俺が考えた最強の異能力キャラを翌朝見て、悶絶したことがあるだろう。
漫画の原稿もそれと同じで時間が経つと、掲載前に「恥ずかしくなってしまう」という現象が起こるのだ。
また、待っている時間が長いとその間、何回も己の原稿を見返すため「これは本当に面白いのか?」というゲシュタルト崩壊も起こりやすい。
つまり「全部描きなおしてえ」と思うのだが、さすがにその余裕はない。
その結果、本人にとっての「真夜中のポエム」が掲載されることになってしまい、作家の心はますます蝕まれていく。
よって、漫画というのは作者が「これもしかして恥ずかしいのでは」と考える間を与えず、ある程度勢いで始めた方が良いのだ。
ポエムも、朝を待たずに真夜中の内にネットにアップした方が良いということである。
それに、時間があれば作画に力を入れられる、と言っても、絵というのは描き込もうと思えば、アナルの皺1本1本まで描く要素はいくらでもあるのだ。
つまり「キリがない」。
初回はそれだけ描き込む余裕があっても連載になるとそうはいかなくなる。
よって初回で絵に時間をかけすぎると「最初はあれだけ精密にアナルの皺を描いていたのに、2回目からただの『米』になっていやがる」と、読者に「すぐ手を抜き始めた」という印象を与えてしまう。
初回気合を入れるのは当然だが、そのクオリティを全く維持できないなら、「このぐらいなら続けられる」というほどほどの状態で発車させることも大事だろう。
作家にとって忌むべき存在である「〆切」だが、無尽蔵に時間があるより、期限がある方がある意味ありがたかったりもするのだ。
そもそも、それがないと「描かない」ため「作家」とも言えない状態に陥りがちだ。
作家に〆切があるのではなく、〆切が作家を作っているのかもしれない