ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第13回

ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第13回

登山家は山があるから登る、
漫画家は〆切があるから描く。
漫画も登山も同じことだ。

さらに、編集者というのは多くが会社員なため、新連載の準備中に担当が「異動」になるという珍事も起こる。
大体新しい担当がつくのだが、その担当が「全くノリ気でない」ということもなくはないし、最悪引継ぎがされず「担当が消滅する」ということもあるのだ。
こうなると「新連載の話」自体が立ち消えになってしまう。

そして、準備期間が長引けば長引くほど「こいつ本当に進めてくれているのか?」という担当への疑心暗鬼が始まり、傷害事件の危険性も出てくる。
担当が害されるのは、それだけのことをやって来ているので仕方がないのだが、近隣住民の方にいたずらに恐怖を与えるのは良くない。

よって、私も担当を害す時は「山中」など場所を考慮するようにしたい。いくら連載が始まらずに焦っている漫画家でも、そのぐらいの冷静さは持っていたいものである。

また連載が決定し、原稿すらできている段階でも、掲載が雑誌だと「今の連載陣が全部思ったよりしぶとい」などの理由により、誌面枠が空かずに、待ちになる、ということもある。

WEB漫画、もしくはAKB48のように冠している数字を無視して無尽蔵に増えてよいスタイルなら良いが、もしAKB48が額面通りの人数しか入れなかったら、現メンバーの誰かが引退するか、不慮の事故に遭っていただかない限り、新メンバーは入ることができないのだ、雑誌の連載もそれと同じである。
つまり、雑誌の連載作家というのは、常に命を狙われていると言って良い。

しかし当コラムは「漫画家コラム」と言いながら99%が「〆切に困っているコラム」となっている。
作家というのは〆切に困ること以外やることがないので、そうなってしまうのは必然なのだが、このいつ始まるかわからない「連載準備期間」だけは、〆切という概念がなく、好きなだけ構想、そして作画にも時間をかけられて良いのではないか、と思う人もいるかもしれない。

確かに「収入がないのに腹が減る」というデメリットを除けば、時間がある、というのは良いことである。

しかし、内容が固まり、原稿も粗方完成し、あとは掲載タイミングを待つばかりという段階になると、「まだ時間がある」というがむしろ問題になってくるのだ。

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カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

◎編集者コラム◎ 『小説 きみと、波にのれたら』豊田美加 監督/湯浅政明 脚本/吉田玲子
◎編集者コラム◎ 『一九四四年の大震災──東海道本線、生死の境』西村京太郎