ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第131回

「ハクマン」第131回GW明けは五月病に罹患する者と
辞める新入社員が一番
多い時期といわれている。

現在4月30日なのだが、担当より「今週中に原稿を出してくれ」という催促が来た。

この時点で「GW中に仕事をしろというのか」という内容で2,000字は堅い、と思ったが、私は担当を怒る時ほど慎重なのだ。

担当の過失と書いて「チャンス」と読むことはあまりに有名だが、私の辞書にはチャンスの項目に「ピンチの別名」とも書かれているのだ。

実際に、人に怒る時は、自分が正しく、相手が間違っていることを重々確認してからでなければならない。
さもなくば反撃を許すし、万が一こちらの方が間違っていたら総攻撃を食らうことになる。

よって、相手が「謝罪」もしくは「自爆」以外のコマンドを失っている状態であると確認してからこちらも攻撃を仕掛けなければならない。

コンビニで箸をつけ忘れただけの店員に一族郎党皆殺しにされたかのような怒りを見せている人がいるのはこういうメカニズムである。

 

しかし「チャンスの神はツーブロック」とも言う。

こいつ前髪が長いから、後からでも掴めるやろうと油断していると、後頭部は見事に刈りあげられており、気づいた時にはもう掴めず、指先に良さげな感触のみが残るだけになるのだ。

あまりにもチャンスに対して慎重になりすぎると機を逃すことになる。

またチャンスに対して「強欲」は禁物だ「もう少し待てばもっと儲かる」というスケベ心により、何も得られなくなることは珍しくない。

前にも書いたかもしれないが、他社の原稿料が数か月、結構な額未払いということがあった。

この時点で死活問題なので、気づいた瞬間神の明らかに目に入っているウザい前髪を掴んで振り回しながら激怒しておけばよかった。

しかし「どうせならもっと取り返しがつかなくなってから怒ろう」という欲が出てしまい、サマーソルトキックを出す前のポーズでさらにひと月ぐらい溜めてしまったところ、先方の方が先に気づき、さらに妙に悪びれていなかったことからこちらも虚を突かれ、まさかの「不発」という事態が起こった。

機が熟すのを待つのは良いが、待ちすぎると、腐っていやがる遅すぎたんだ、と仕事が遅いクロトワみたいなことを言う羽目になる。

よって私は、担当の催促を受けてから、すぐにGW(ガッデムウイーク)のカレンダーを確認した。

その結果5月1日と2日は平日であることが判明した。

つまり、催促するタイミングとしては最適解である、あまりにも小癪すぎるが、自分の慎重さに救われた。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

乗代雄介〈風はどこから〉第14回
◎編集者コラム◎ 『増補版 九十八歳。戦いやまず日は暮れず』佐藤愛子