ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第145回

「ハクマン」第145回
15年漫画家をやっているが、
忘年会や新年会といった会合に
1回も出たことがない。

もう12月、これが今年最後の原稿だ。

そう思いたいが、もっと差し迫った頃もう1回「そろそろ次の原稿を」という催促が来そうな気がする。もはや言われてから書く、が常態化しすぎていつが締切なのかがわからない。

しかし飲食店でいえば「注文があってから作る」はプラス要素なはずである。時間がかかる料理に対する「今材料を海に取りに行っています」という粋な冗談も私にとってはギャグではない。

注文が来るたびに心は新鮮な魚を求めに東尋坊に行っているし、山の幸を探して青木ヶ原に行くこともままある。

だがそれよりも年末は年末進行で大変な時期なはずである。

幸い私はWEB連載が多いのでそんなに影響はない。もしWEB連載が巻きを要求してきたら、それは印刷所ではなく編集の都合なので無視していい。

12月と言えば忘年会のシーズンでもあるが、私は忘れ去りたい記憶側の存在だし、そもそも覚えられていない可能性がある。

親戚の集まりですら、甥や姪たちに「毎回必ず来て何もしゃべらないこの中年女性は誰だ」という顔をされ続けているのだ。仕事関係の忘年会などに参加したら警察を呼ばれる恐れがある。

出版社や編集部も割と忘年会や新年会の会合を開いており、コロナで数年自粛されたが近年また復活している。

だが、私は15年漫画家をやっていて、1回もこのような会合に出たことがない。

もはや編集も私が来るとは思っておらず、本来なら招待メールに「ぜひ来てください」と思ってもいないことが書かれているのだが、ついに「カレー沢さんが謝恩会へ来てくださる日は来るのか…!」と、次号への煽りみたいなことが書かれていた。

ちなみに私に対して「ぜひ来てください」も常人であれば娘を人質に取られていなければ出ない言葉だ。こういうことを喉からではなく、前歯の隙間から簡単に出せるのが編集者である。

編集者が発する耳障りが良い言葉は全て編集者という鳥類が出す鳴き声と思った方がよい。

だが、来ないと分かっていても一応誘わなければ、気分を害され、秒でXに「今日K社の忘年会みたいだけどワイ将知らなかったンゴww」と、使ったこともないなんJ語で「売れてない作家を差別する編集部」というイメージを世間に植え付けようとするので、誘わざるを得ないのだ。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

◎編集者コラム◎ 『恋する検事はわきまえない』直島翔
深沢 仁『ふたりの窓の外』◆熱血新刊インタビュー◆