ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第146回

「ハクマン」第146回
地方民が東京に行くと
発生する「東京痛」は
あまりにも有名だ

しかし、体力は年々落ち、羽田篭城時間と東京脱出RTA記録は伸びる一方である。

これは単純に加齢のせいもあるが、漫画家は普通にやってたら体力が落ちる仕事であり、地方は普通に住んでいたら体力が落ちる場所である。

元々体力がない上に体力をなくす環境にも恵まれている、無体力エリートであり、そんな私が「体力をつけたい」などとほざくのは、金持ちに生まれた癖に敷かれたレールを走りたくないと言って、家を飛び出し、親所有のマンションで親の子会社役員から裸一貫スタートを切ろうしている奴みたいな苛立ちを与えてしまうのかもしれない。

しかし、漫画家や地方民が普通に生活しているだけで体力が落ちるというのは事実だ。

漫画家は基本的に座りっぱなしの仕事だし、自宅と仕事場が同じだと通勤で歩くということもないし、地方民はどんな近距離でも自家用車で移動するため、通勤があっても歩かない。

つまり、地方の漫画家が体力をつけようと思ったら「意味もなく無駄に歩く時間」をねん出しなければならず、そんな無益行為より虚空を見つめたりスマホを摩擦したりする有益行動を優先せざるを得ないのだ。

漫画家に限らず、体力をつけるような時間の余裕がないというのが日本人の現状であり、漫画家は特にその余裕がない。

中には例外もおり、週刊連載をしながら週休2日の8時間労働を厳守し、健康的で運動も欠かさない作家もいるのだが、それが荒木飛呂彦先生であり、秋元治先生を見習ってそうしていると聞いた時点で、こちらは見習う気が失せる。

凡人はどれだけ効果があっても「ゼウス健康法」など最初から手に取らない、それよりも「類人猿が口にからあげを入れたまま10キロ痩せる術」に飛びつくから永遠に顔色が悪い肥満北京原人なのだ。

ちなみにアドバイスに対し「自分には無理」「再現性がない」しか言わない奴の悩みにつきあうことほど無駄な時間はないので、脂肪より先にそいつを切った方がいい。

では、仕事がなくなり、時間ができればジムで8時間粘る生活になるかというと、逆に部屋どころか布団からも出なくなりそうな気がする。

結局「体を鍛えたい」などの前向きな発想は生活に余裕がないと生まれないのだ。仕事がなく、生活が不安な中で「とりあえず時間があるから筋肉をつけるか」とは思わないし、むしろ怖くて動けなくなる可能性の方が高い。

つまり、富裕層ほど、ジョギングしたりジムに通ったりするのは必然であり、そいつらが元気なゴリラになっているのはそこまで特別なことではない。

「無職で実家が太いわけでもないのにマッチョ」これこそが真のマッチョオブマッチョだ。

仕事がある内は「時間がない」、仕事がなければ「余裕がない」と言って羽田に座り込んでいる奴が一生たどり着けない高みである。

「ハクマン」第146回

(つづく)
次回更新予定日 2025-1-15

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

辛酸なめ子「お金入門」 5.セレブなパーティーで貧乏性の荒療治
小原 晩「はだかのせなかにほっぺたつけて」第16話