ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第44回

いろんなタイプの編集者がいるが、
真面目な編集者ほど作家からの
評判が悪いという怪現象が起きる。

いつも通りこの原稿を担当の催促を受けて書いている。

もはや漫画『刑務所の中』で、服役した主人公が刑務所の食事に対し「しかしまあ毎日忘れもせずメシをくれるもんだよなあ」と感心していた感覚に近い。
よくもまあ忘れず原稿の催促をしてくるものだと思う。

このように割と余裕を持って催促してくる担当というのは意外と珍しい。
担当的には切羽詰まって催促しているのかもしれないが、こちらが余裕を感じている以上は余裕なのだ。
大体の担当は締め切り当日か、締め切りを1日ぐらい過ぎてから催促してくる。
だがこの催促方法だと「すっかり忘れていた」場合、起きて時計を見た時点で朝礼の時間が終わっていたのと同じで、もう手遅れなのだ。
「忘却」の可能性を考えるなら、締め切りの数日前ぐらいに催促しておいた方が間違いがない。
しかし、作家と言うのは、締め切り前に催促をされると「ちっうっせーな、今からやろうと思っていたのに、もう今日はyoutubeしか見る気しねーわ」「神経質すぎるんだよ」「これだから決まった日にちに給料が振り込まれる奴は」とヘイトを勝手に募らせるため、真面目な編集者ほど作家からの評判が悪いという怪現象が起こってくる。

だが程度の差はあれ、世間で「漫画家と編集者」といったら、生真面目な編集者が、隙あらば窓から逃げようとする破天荒な作家を追いかけまわす、というアットホームなイメージがあるかもしれない。

サザエさんに出てくる伊佐坂先生とノリスケの構図がまさにそれだが、それですらよく見て欲しい。
ノリスケは伊佐坂の原稿待ちの間、何故か隣の磯野家に行き、タダ飯を頻繁に食っていたりするのである。
伊佐坂とノリスケの仕事と磯野家は全く無関係なはずである、それをただ伊佐坂の隣家で波平の甥という立場だけで、なぜ当然の如く飯を食うのか。磯野家はドトールか。
百歩譲ってドトール扱いだとしても、近所のコンビニでクリスタルカイザーを買い、磯野家では何も注文しないという迷惑客ムーブで籠城すべきだろう。
それをスキヤキとかでも平気で食うのである。
伊佐坂の原稿を待つなら、伊佐坂家で待つべきであり、食うならお軽までだろう。浮江は図々しすぎるし、どんなに押していたとしても甚六までだ。

カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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