ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第53回

ハクマン53回漫画家は逃亡するが、
「編集者も意外と消える」
と覚えておいてほしい。

まだこの原稿は担当の催促を受ける前に書いているが、今年に入って既に10回は「あの件はどうなった?」という催促を受けている。

これが一会社員だったら、とっくの昔にクビ、と言いたいところだが、一応日本は労働者の権利が守られているので、クビというのはおいそれとは出来ない。

よって、何らかの理由をつけて、食っていけないレベルの減給をしてきたり「世紀末支社かマッドマックス支店DOTCH?」という、生活以前に命がかかった異動を迫ってきたり、「便座を手で温め課へ栄転」など賃金の代わりに尊厳を奪ってきたりと、自ら喜んで辞表を書けるように会社が全力サポートしてくれるようになる。

それに対して、フリーランスには「解雇」という概念はない。

ただし、漫画家という仕事は、支店以前に本店がマッドマックスだし「白紙に枠を描き、その一つ一つに手書きで絵を入れる」という、便座をハンドウォームするより、よほど狂った仕事をしているし、解雇はなくても、締め切りを破り続けると信用がなくなり、仕事が来なくなってしまう。

ただし作家というのは実力社会なので、売れれば売れるほど、締め切りを守らないことに対し、出版社も読者も寛容になっていき、ついには何十年待たせようと「生きている内に続きが読めてありがたき幸せ」と、描いただけで感謝されるようになる。

逆に言えば「売れてないなら締め切りぐらい守れ」という話であり、むしろそれが作家業で唯一「努力で何とかなる領域」である。

しかし、担当作家が大して売れてもねーくせに締め切りの破り方だけが大御所で社会性の欠片もないという編集者は「作家はちゃんとしてないぐらいがいい」と思ってほしい。

おそらく世の中には「作家の方がちゃんとしていて、編集者がポンコツ」という地獄のバディも存在すると思う。

出版社の人間と言えば高学歴も多いのだから、漫画家よりポンコツなどということはありえない、と思うかもしれないが「東大とか出ているのに編集者という職業を選ぶ」という時点で言葉にできない不気味さを感じてほしい。

また学力と「ちゃんとしている」ことは必ずしも比例しているとは限らない。

私も10年作家をやっているので「こいつ俺と張り合うつもりなのか」というレベルの「仕掛けられている」としか思えない編集者の行動に出くわすこともある。

漫画家漫画などで「漫画家が逃亡」「作家が失踪」という描写を見たことがある人は多いと思う。

漫画家が逃亡しないとは言わない、いや、する。

しかし「編集者も意外と消える」ということだけは覚えておいてほしい。

私も担当編集者が、ガチの失踪をしてしまい、進めていた仕事が灰塵に帰したことがある。

もちろん、作家がバックレて白紙になるということも多いだろうが、企画をホワイトアウトにして織田裕二を絶叫させるのは常に作家側とは思わないでほしい。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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