ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第60回

ハクマン第60回連載の打ち切りが決まった。
何回されても痛さは
変わらないが、回復は早くなる。

つまり何回されても打ち切りの痛さは変わらないのだが、さすがに回復は昔より早くなっている気がする。朝切られた首も、夕方ぐらいにはカサブタができているのだ。

しかし「打ち切り慣れ」なんて漫画家にとって名誉でもなんでもない。「婚活歴30年の大ベテラン」「収監50周年記念」と言っているのと同じだ。

そういう意味で言ったら尾田栄一郎なんて全く打ち切り慣れしていないのだ。打ち切り童貞と言っても過言ではないだろう。
しかし、それがダサいかというと全くそんなことはない。むしろ「俺ぐらいになるとアマゾンランキングを見ただけで打ち切りを確信できる」と言っている方がダサい。

折れた骨は強くなるというが、一生骨折しない方が良いに決まっているのだ。

ただ、打ち切り慣れする必要はないが「終わり慣れ」の必要はある気がする。
例え人気がある漫画でも、クッキングパパ形式や「描かないことにより終わらない」という富樫形式でなければいつかは終わる、
特に最近は、人気がある間は続けるではなく、人気があってもストーリーが消化できれば終わるという風潮になってきている。

終われば次の連載がはじまるまで本当に無職だし、連載がいつ始まるかは先方都合である。さらにネームなどの連載準備に料金は発生しないので、労働はしているのに無収入という状態になってしまう。

前作が一生食うに困らないぐらい売れていたらいいが、そうでないと準備期間にたくわえを全部使い果たし、新連載がはじまるころには比喩ではない裸一貫になっている場合が多い。
つまり、場合によっては賽の河原、略して地獄になるのだが、作家というのはこのように数年単位で無職期間が訪れるのが普通なので、無駄に不安にならないように終わること自体には慣れておかなければいけない。

しかしこれは会社員で言うと、数年ごとに会社がつぶれ、失業保険なしで就職活動をしなければいけないということだ。

何故そんな非効率かつ、精神的負担が著しい仕事をしているのか全く謎だが、そういうことを考えないようにするのも作家を長く続けるコツなのかもしれない。

(つづく)

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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