ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第61回

ハクマン第61回「必殺P」を一番稼いだ、
私の漫画家人生初代担当が
ついに異動になってしまった。

今日は、久しぶりに時間が出来たから5兆年ぶりに部屋の掃除と書類整理をするかと思ったところで、この原稿のことを思い出した。

しかし、幸い締め切りが今日であることに気づいたわけではない「もう2日ぐらい過ぎている」のだ。
平素なら担当の督促が来ているころなのだが、今回はまだ来ていないのですっかり忘れていた。
この連載の担当は私の担当の中では督促をしっかりしてくる方なのだが、やはり所詮は固定給、土日を挟むとすぐこれである。

しかし、締め切り2日後に「存在」を思い出しても何とかなるのがコラム、そしてWEB連載の良いところだ、
雑誌連載の漫画で、作家・担当両名とも締め切りを過ぎていることに気づかないようなら、締め切り以前に作品自体が手遅れなので早めに畳んだ方がいい。
描いている奴が存在を忘れている作品が読者に認知されているわけがない。
もし「この漫画雑誌を読んでいると必ず一定期間記憶を失う」という現象が起こるなら「そういう作品」があると思った方がいい。

しかし「作者が忘れているものを読者が覚えているわけがない」というのはある意味間違いであり、本人が描いた記憶さえないものを読者はいつまでも覚えていてくれたりもするのだ。

まだ作家は自分の全身の関節を痛めて産んだ作品なので辛うじて覚えているが、担当編集というのはいよいよ覚えていない。
漫画は作家が担当と一緒に産んだもの、と言えなくはないが、編集というのは一度に作家を何人も担当しているものなのだ。
よって「数いる愛人の1人に産ませた子ども」に過ぎず、その子どものデキが悪ければ名前(タイトル)も忘れるレベルだろうし、「俺はあいつと関わりがない」と認知を拒否する可能性すらある。

逆にワンピースの初代担当とかなら、まだ無名の新人だった女をワシが育てて大女優にし、産ませた子どもがIQ2兆だったみたいな話なので「主人公の兄の名前は?」という超難問にも3秒ぐらいのシンキングタイムで答えられるだろう。

先日「主役の名前ですら怪しい」でお馴染みの、私の漫画家人生初代担当がついに異動になってしまった。
10年、もしくは11年か、12年、誰も覚えていないので定かではないが、ずっと一緒に仕事をしていた担当である。
普通、私ぐらいコンスタントに打ち切りが起こる作家なら、担当も花びら大回転状態で、少なくとも一定期間やりとりが途切れたりするのだが、この担当とは本当に10年以上全く途切れず仕事をしてきた。

つまり、私の「必殺(ヒッコロ)ポイント」を一番稼いでいる担当だ。このスコアを破る担当は今後現れないような気がする「本当に殺されずにヒッコロPを稼ぐ」というのはなかなか難しいのだ。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

◎編集者コラム◎ 『汚れなき子』著/ロミー・ハウスマン 訳/長田紫乃
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