ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第66回

hakuman 「漫画」という業界が生まれて以来
「ネームは無料」という文化は
変わっていない

そもそも「金がもらえる」以外に、好きなことを仕事などという「義務」に変えてしまうメリットはないだろう。

ならば、出版社がネームにも料金を払うべきか、というと、もちろんそれに越したことはないが「それは無理だろうな」とも思っている。
ネームというのは「こういうのはどうでしょう」という、プレゼン資料や見積書のようなもので、提案の段階で料金を請求されるというのは逆の立場で考えたら困る。

しかし、漫画の場合その見積もりが多い時で数百ページ、制作期間に数か月かかったりするから問題なのである。
その作業量と期間に全くなんの保証もなく、さらにそれが水泡に帰す可能性があるというのはやはり、職業としてリスクが高すぎるとしか言いようがない。

現在はそのリスクを作家が負っている状態だが、それが出版社にとって有利なシステムかというと、ハイリターンだがハイリスクで保証がなく肉体的にキツイ仕事という事実が変わらなければ、普通に「なり手」が減ってしまう。
漫画家になりたいと思う時点で判断力に欠けているので、そのリスクに気づける漫画家志望者などあまりいないとは思うが、判断力を捨てた代わりに勘だけがやたらいい奴もいるので油断がならない。

また最初は気づいていなくても途中で判断力がある奴から「このシステムは不利すぎる」と気づいて辞めてしまい、最終的にリスクを理解した上で続ける情熱のある人と、才能も情熱も判断力もなく、そして何より「他にできることが一切ない」という無敵の人しかいない二極の大地と化し、ますます人が寄り付かなくなる。

どの分野も「なりたい」という分母が大きいほど、良い人材が生まれやすいため、それが減ると出版業界自体が衰退してしまうのだ。

つまり現在のシステムのおかげで作家が餓死し、なり手がいなくなり、最終的には出版社がつぶれ、編集の固定給が消失するという「相打ち」にまで持っていけるという意味では「今のままのも良い」とも言える。

(つづく)

 
次回更新予定日
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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