ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第74回

ハクマン第74回
1年が経つのが早い。
「とりかえしがつかない」を
膝で理解した昨今である。

逆にスラムから出たことのない人間の方がまだ社会でやっていける可能性が残されている。

よって会社員から漫画家になろうとしている人は、それが片道切符であると理解した上で「スラム」と書かれた電車に乗って欲しい。

むしろ漫画家になるために必要なのは漫画の才能ではなく「社会的IQ2」という社会に対する圧倒的才能のなさなのかもしれない。

夢を叶えるために退路を断つという人もいるが、社会性のない人間は普通にしているだけで勝手に退路が断たれるため「退路を断つ手間が省ける」というアドバンテージがある。

また社会的才能が下手にあると「このまま社会で安定を取るか漫画の道に進むか」という葛藤が起こり結局漫画を諦めることになったりするが、社会という選択肢を選ぶ権利がない人間は漫画に行くか、強制執行が来るまでその場で無職という名の座り込み運動をするしかないのだ。

よって、自分のことを「何の才能もないサラリーマン」と思っている人は「社会性」という立派な才能を持っているので誇っていい。
それに「社会性」ほどどこでも使える才能は他にない。
「金」レベルでどこでも価値があるし、その価値は年々高騰しているようにすら感じる。

片や漫画の才能というのはその地方でのみ使われている電子マネーみたいなものだ。
むしろそれで山手線の改札を通ろうとしたら駅員とは違う制服を着た人に制止されて別室に連れていかれるように、面接で今まで何をしてきたかという問いに「漫画」と答えてマイナスになることはあってもプラスになることはほぼない。

また社会は漫画家より遥かにとりかえしがつかなくなるスピードが遥かに速い。
逆に言えば漫画家は定年後に目指しても遅くないのである。
むしろ世間はジジババが傾(かぶ)いたことをしている姿が大好きなので75ぐらいからアイパッドで漫画を描き出した方が注目されやすい、まである。

そんなわけで、背水もすでに俺を追い越してどっか行った状態なので大きな変化は特になかったが、今年になってツイッターのボイスチャットスペースを始めたので10年ぶりぐらいに他の漫画家と交流を持つことになった。

 
次回更新予定日
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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