ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第84回

そもそもプロは
自分の描きたいものを
描くのが仕事ではない。
締め切りが終わったと思ったらもう次の締め切りである。
この連載を始めて痛感したのは、隔週で漫画家の生活に特筆すべきことが起こるわけがない、ということである。
漫画家でなくても、大体の人間はそうだろう。多重債務者でもない限りはそう毎回ジャンプ漫画みたいなアツい展開は訪れない。
逆に言えば、今からあらゆる消費者金融から金を借り、手持ちのカードをリボにすれば、ルフィか俺か、というぐらい毎週読者を飽きさせない大冒険をお見せすることができるはずだ。
しかしそれをやると、原稿料をもらっても大幅に赤字という問題がある。
どれだけ面白いものを描いてもそれで収益を出し生活ができていなければプロとは言えず、ただの道楽になってしまうのだ。
そしてプロであるなら「書くことなどない」も「アシを食った」の次に言ってはいけないご法度である。
そもそもプロは自分の描きたいものを描くのが仕事ではない。読者を喜ばせるものを描くのがプロの仕事である。ただ自分の描きたいものを描いたら筆が乗って読者も喜んでくれたというごっつぁんがたまに起こるというだけだ。
つまり、プロは自分がそんなに描きたくないものでも、読者が求めているなら、時には自分を殺してそれを描かなければいけないということだ。
趣味でリョナを描いている人は、好きな娘の小腸しか書かないが、ビジネスリョナの人は、思い入れが全くないキャラでも、多くの読者が「このキャラの胆嚢見てえ」と熱望していれば期待に応えないわけにもいかないのだ。
もちろん読者の声を全て反映される訳ではなく、むしろ「俺の推しカプが結婚していないのはおかしいのでは?」という声はほとんど黙殺されるのだが、秒でフェードアウトするはずだったキャラが思いがけず人気が出たのでレギュラーキャラにするぐらいのことは珍しくない。
そもそも、テーマ自体作家の描きたいものとは限らないのだ。
異世界系作品の人気は未だ衰えず、現在でも新作が乱立され続けている状態だが、ここまで多くの作家が集団発作のように「悪役令嬢になりてえ」と、転生衝動を同時に抑えきれなくなっているとは考えづらい。
作家自身が「今読者が求めているものは異世界」と時流を読んでテーマを決めているか、編集サイドに「なんか異世界系でなんか面白いやつ書いてください」と「貴様はこっちがなんかを重複させると必ず赤を入れるくせにてめえは平気でやるんだな」という雑なオファーをされて描いている場合も多いと思われる。