滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第3話 マネー・ア・ラ・モード②
近くにいると聞こえるのはため息ばかり。
家族のなかにいろいろな問題があることがわかってきて……。
午後は、イレーネの友達のドナテーラやグラツィエラ、サルヴァトーレたちと街中を出歩いた。ポンペイにも、カプリにも、フィレンツェにも、ベニスにも行かず、観光らしい観光はまったくせず、連日、ただそこらをぶらぶらしてカフェに入って話しただけの毎日だったけれど、楽しかった。最初は、なんとか英語でしていた会話も、勢いに乗って最後にはイタリア語になり、そうなると、こっちはみんなが何を話しているか皆目わからないから、ただの聴講者、というか、傍観者になるわけだけれど、何を言っているのかわからないイタリア語の会話であっても、1人ひとりの性格がそれぞれ話しぶりとかリアクションの仕方とか顔の表情とかで表に浮き出てきて、観察するのはけっこう興味深い。個人レベルになると、イタリア人がどうのこうのという包括的なレッテル付けなんて意味を成さなくなる。
こうやってふらふらとイレーネの実家で何日か暮らして、明日はローマに戻るという最後の晩のこと、コンピューター・ルームでメールを書いていると、一番上の弟のジョルジオがやって来て、隣でメールを始めた。並んでパソコンに向かっていると、ジョルジオは、時々、突然思い出したみたいに、唐突に、日本のリサイクル事情について質問をする。答えると、納得してまたパソコンに向かうのだけれど、しばらくすると、また別のリサイクルの質問をする。彼はよっぽどゴミ処理問題に興味があるらしい。
が、ゴミで始まった話が、なぜか人生の話に発展していって、すると、もうメールなんかうっちゃって、いつの間にかじっくり話をし始めていた。ジョルジオは英語がそれほど得意でないけれど、それでも自分の考えていることをきちんと伝えることはできる。
ジョルジオは、末の弟のミケーレのことを心配していた。もうずいぶん昔のこと、ミケーレがまだ幼い子供だったころ、新しく雇われたメイドにひどいのがいた、とジョルジオは言う。彼女は、まだ小学校に上がったか上がらないかのミケーレといっしょに部屋に入ると、中から鍵をかけたままずっと出てこない。
当時、12歳だか13歳だかだったジョルジオは、鍵のかかったドアの向こうで起こっていることを心配していた。両親に「あのメイドは悪いメイドだからクビにしてやってほしい」と頼みに行ったけれど、両親はジョルジオの言うことを真剣に受け取らなかった。
ジョルジオは、青緑色の目でじっといろいろなことを見、そして、いろいろなことをじっくり考える少年だったに違いない。幼いミケーレと鍵を閉めて出て来ないメイドが来てからミケーレの様子が急に変わったとジョルジオは言う。ミケーレはとても下品な笑い方をして、それまで天真爛漫(てんしんらんまん)な良い子だったのに、性格が急変して手が付けられなくなった。
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