滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第3話 マネー・ア・ラ・モード④
70歳ほどの男と付き合うジェンナ。
ずるずると関係を先延ばしにした結果は?
3年前だったかにフィリップがニューヨークに来たとき、わたしがまだディーンに会ってないことを聞くとフィリップは驚いて、「たぶん、会わせるのが恥ずかしいんだろう。ディーンはそれなりの年に見えるし」と言った。何でまたわたしには恥ずかしくて、ほかの友達には恥ずかしくないのかよくわからないけれど、ジェンナと「わたしたちはまるで双子だね」と言っていた時代、いろんな話をしてわたしが人の心の中を読み取るのを知っていたから、気まずく思ったのかもしれない。でも、彼女がディーンと付き合っている理由は、だれの目にも明らかだったのだけれど。ディーンからいろいろもてなされていたフィリップでさえ、「ジェンナは、ディーンともう手を切るべきだ」と言ったから。なぜなら、そのとき、ディーンの離婚がやっと成立したところで、ジェンナはもう気楽にディーンと付き合えなくなっていたのだった。愛してもいないディーンと一生を共に過ごすなんてことはできっこなかったから。
それからまた時が流れていき、やがてフィリップの友人の奥さんが夫と別居してニューヨークに移り住むことになり、フィリップに「会ってやってくれ」と言われて、イースト・ヴィレッジのカフェでフランと会った。彼女は、コーネル大学で博士号を取った秀才で、ウォール街で働いている。
初対面であるから、必然的に共通の友人の話になって、共通の友人といえばフィリップしかないから、フィリップとどうやって知り合ったかというような当たり障りのない話になり、それがやがて必然的にジェンナの話に発展したとき、
「ジェンナはね、ディーンとの婚約を破棄したのよ」
とフランは言った。
ジェンナが婚約を破棄したどころか、たとえ一時期であっても、婚約したことがあったなんて初耳だった。
別れなければ、と思いつつも、贅沢をあきらめきれず、ずるずる先延ばししているうちに、ディーンから婚約指輪を渡されたのだろう。ずっと好意に甘えてきた以上、さすがに差し出された指輪を断ることができなかったのだ。無下に断るよりも、あとで何とかする方が得策だと考えたのだろうと思う。
「ジェンナは、婚約中も、ディーンが贈った豪華な婚約指輪をはめようとしなかったし、婚約を破棄したあとも、指輪は返さなかったのよ」とフランは言った。
婚約を破棄する機会は、間もなく訪れた。だれもが予想しない展開だったのだが、ディーンの金融会社が急速に経営難に陥って倒産し、ディーンはすべてを失ってしまったのだ。今やディーンは家賃統制された貸しアパートに住み、年金で生活している。そうフランは教えてくれた。
財産を失ったディーンと付き合う意味はなくなり、そこでジェンナは婚約を破棄したのだった。さすがにフランもフランの夫も、そしてフィリップも、ジェンナの日和見主義に呆(あき)れているらしい。心無いことをジェンナはしたと思う。でも、反面、欲しいものをはっきり見極め、そして、それを手に入れるすべも賢明に見極め、要領よく手に入れて、欲しいものが手に入らなくなればスパッと切れるジェンナの潔さというか、ストレートさというか、冷徹さに感嘆する自分も、いる。
小学生のころ、「杜子春(とししゅん)」を読んだとき、裕福なときに取り巻いていた人たちが、そうでなくなると波が引くように消えていくのを読んで、こんなに極端な話は現実にはあり得ないと子供心に思ったけれど、でも、長いこと人間をしていると、あり得ないと思っていた話が現実にあるのを見聞きすることになるものだ。
お金があると、人が何で寄ってくるかわからないし、厄介なことである。でも、ディーンだって、ジェンナが何を求めていたのか察してはいたのだろうと思う。だから、彼はお金を使ってジェンナに取り入ろうとしたのだ。そしてそれは、イレーネがお金で愛情を計ったり、エンリーコがお金を渡して付き合いを頼んだりしたのと同じように、お金のパワーを信じていたからできた発想だろうと思う。
でも、「雨降って地固まる」というのか、今後、無一文になったディーンに近づいてくる人は、お金で引き寄せられてくるわけではなくなったから、これからは彼もまともな人間関係を築くことができるだろう。
それにしても、会ったこともないけれど、すべてを失い、家賃統制されたアパートで暮らしているディーンは、今ごろどんな思いでいることだろう。お金のなくなったディーンなら、ちょっと会ってみたいかな、と思う。無一文になったディーンがお金のパワーをどう思っているか、ちょっと興味があるから。
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