今月のイチオシ本【ノンフィクション】
1992年に施行された暴対法によって、ヤクザの勢力は相当弱まったと言われている。かつて一般の人は入ることも難しかった特殊な繁華街や色町が、いまや安全な観光地になった場所もある。
だが思いもかけない資金源が暴力団には残っていた。それが「密漁ビジネス」だ。私たちにとっても身近なサカナの値段が、彼らのシノギと直結していた。
著者の鈴木智彦はヤクザを中心に取材を続けているルポライターだ。あるときは現場に潜入し、あるときは親分たちと昵懇になるために酒を飲む。清濁併せ呑む書き手である。5年にわたる取材の記録は、緊迫感に満ちている。
取材対象は岩手・宮城の三陸アワビ密漁団、築地市場、北海道の"黒いダイヤ"と呼ばれるナマコ漁、千葉県銚子市の港を牛耳る支配者、根室のカニの密輸をめぐる歴史、そしてウナギの国際密輸シンジケートである。
すべての現場に身を置き実力者の伝手を頼って、単身話を聞きに行く。通訳などが必要であっても現地調達。そのため、ときどき危ない橋を渡ってしまうのだが、読者にとってその緊張感はたまらない。
密漁団を組織するのはヤクザだが彼らだけでは現金にできない。そこには港湾関係者や漁業協同組合関係者、漁獲制限を守らない漁師が絡み、文字通り、闇夜に潜んで密漁を繰り返す。
高価な海産物が海の中に落ちているのだ。乱獲すれば絶滅するのがわかっていても目先の金が大事だ。密漁で得られた海産物が普通の魚屋の店頭に並ぶ。私たちはそれを知らずに買っていることに驚かされた。それもかなりの割合が密漁によるものであることを、市場関係者はほとんど知っているのだ。
そんな漁業の闇を示すのが、最終章のウナギの密輸を牛耳る国際シンジケートの存在だ。ライフサイクルがわかっていないウナギだからこそ、幼魚のシラスウナギの取引によって莫大な金額を手に入れることができるのだ。
日本の漁業が清廉潔白ではないことを本書は明らかにした。この著者にしかできない迫力のノンフィクションだ。