滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第4話 運転手付きの車①
裏でアメリカ社会を牛耳るようになったと聞いて、
久しぶりに会ってみると……。
ハーヴェイは、中国生まれのユダヤ教徒で、日本人を含むいろいろな血が混じっていて、一見したところ何人なのか見当のつかない風貌をしている。初めて会ったのは、わたしが大学院を出たばかりのころで、20代のわたしには、ずいぶん年上の、よく訳のわからないおじさんに見えた。それも、はっきり言って、ガサツで横柄で感じの悪いおじさん、だった。60年代に16だったかの若さでアメリカに渡ってきたという話で、昼間からぶらぶらしていて、仕事をしているような気配はしなかったから、ひょっとしたら、裏で麻薬の密輸でもやっているのかもしれないと勘ぐってもいた。
ハーヴェイとは、綾音(あやね)さんという裕福な家庭出身のお嬢さまを通して知り合い、綾音さんとは、大学院を卒業したあと働き始めた、ニューヨークにある日本政府の某外郭団体で知り合った。バイトに何日か来ていた綾音さんに、実家が送ってきたパック入りのお餅をあげたのがなれ初めだ。パック餅が取り持つ仲であるから、というわけでもないけれど、くっついたり離れたりを今まで繰り返してきた。というか、正確には、ほとんど離れていて、くっついても長続きしなかった。というのも、綾音さんは、こちらから連絡しても、用がない限り返事をしない人で、用ができて綾音さんが連絡してきても、用がすむと、また連絡を断つからだ。
あれから何度か引っ越しを繰り返し、電話番号も変わったので、もう二度と顔を合わすことはないだろうと思っていたら、日本に帰国したはずの綾音さんから、数年前、いきなり電話があった。「綾音です」と電話の向こうで綾音さんが言ったとき、いったいだれなのか、把握するのに頭の中を総ざらいする必要があった。綾音さんは、伝手(つて)をたどりにたどって、わたしの携帯の番号を突き止めたのだった。
綾音さんが電話をしてきたのは、やっぱり用があったからだった。そのときの頼みごとは、「クレジットカードの支払いの締め切り期限が明日なのをすっかり忘れていたから、午後3時までにシティバンクへ行って、口座に入金してほしい」ということだった。なんとか間に合うように入金したけれど、綾音さんが送ったと言うトラベラーズ・チェックは、何週間どころか、何か月たっても届かず、「おかしいわねえ、もう少し待ってみて。あなた、別にお金に困っているわけじゃないから、当面はいいでしょう」と綾音さんは言った。
綾音さんは、アメリカの永住権を維持するために年に1度は渡米する。その際に滞在するのが、仕事以外のほとんどの時間をハーヴェイと過ごしているジャネットのところで、こういうわけで、芋づる式にハーヴェイもまたわたしの人生に浮上したのだった。長い間会っていないハーヴェイは、綾音さんによると、今やものすごく羽振りがよくて、財界・政界の陰の大物になったという話だった。
「ハーヴェイはねえ、大富豪の巨万の富を操ってるのよ。裏でアメリカ社会を牛耳っているわけなのよね。アメリカ社会であそこまで行った東洋人は、ハーヴェイぐらいしかいないんじゃないの。今度会ったときに見てごらんなさい、ものすごく顔が広いものだから、どこへ行っても人が群がってくるから」と綾音さんは言った。
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