滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第4話 運転手付きの車①
裏でアメリカ社会を牛耳るようになったと聞いて、
久しぶりに会ってみると……。
あれから時間がたって、ハーヴェイも、ハーヴェイの人生も、ずいぶん変わったのかと思った。なにしろ、わたしが知っているハーヴェイは、あちこちで便利屋みたいなことをやっていて、まともに働いているようには見えなかったのだ。インウッドにあるお宅へハーヴェイとエレンに連れられて行ったときは、「ここに竹林を作ったら、すばらしい庭になる」と家の主人に提案して、庭作りの仕事にありつこうとしているのを見たことがある。
綾音さんもハーヴェイと仕事がらみで組んでいて、「すばらしいカシミアのセーターがあるから、日本の企業に売ってみないか」と持ちかけてきたこともあった。ラベルを見てみたら、香港製だった。香港製のセーターをわざわざアメリカ経由で売る、という発想もよくわからなかったけれど、綾音さんこそ日本にいるのだから、なぜ自分で動こうとしないのだろう、とそちらの方がもっとよくわからなかった。
昔の状況がこんなだったから、
「ハーヴェイは、ユダヤの大資本を操っているんだけど、あまりにたくさんの資金を動かしているので、表に出てこれないのよ。しかも、それだけの資金を扱いながら、70年代から一銭も税金を払っていないの。がっぽり税金に取られちゃっても、ほら、どうせ政治家は無駄に使うだけでしょう」とか、
「ハーヴェイはものすごい人脈を持っているのよ。この間も、アトランティック・シティへ行ったとき、カジノのいろんな人が次から次へと話しかけてきたの。カジノを経営している大物を知っているから、お昼は、VIPしか行けない貴賓室に案内してもらって中華を食べたのよ。ハーヴェイといっしょだからこそ、ああいうところに行けるのよね」とか、綾音さんがハーヴェイを手放しで称(たた)えるのを聞いて、ハーヴェイはあれこれと手を出すうちに金脈を掘り当てたのかもしれない、と思った。そして、綾音さんが熱心にハーヴェイの話をするたびに、運転手付きのピカピカの高級大型リムジン車にふんぞり返って葉巻を吹かしているハーヴェイの姿が浮かび上がってくるのだった。
そのハーヴェイと再会することになったのは、2年前の春先の、まだ肌寒い日のことだった。綾音さんがアメリカに来ていることさえ知らなかったのだけれど、何の前触れもなく、「たった今ニューヨークに着いたから、今からハーヴェイとジャネットといっしょに会いに行く」と電話があった。週末を過ごしたアディロンダックスからワシントンに戻る途中だと言う。
でも、いきなり来ると言われても、こっちにだって都合がある。その日は、大学時代から会っていないシスター・スザンナと再会することになっていて、シスター・スザンナの宿泊先のウォルドルフアストリア・ホテルへ向かおうとしていた矢先のことだったのだ。
「先客があるから」と何度も断ったのだけれど、こちらの言うことなどおかまいなしで、ハーヴェイ一味は強引にやって来てうちのビルの前に車をつけ、「下で待っているから」と言う。下りていくと、実業界の重鎮にはそぐわないポンコツのコンパクトSUV車が待っていた。
おかげで、仕方なく車に乗って、足元に散らばった紙コップや紙くずを除(の)けて座席に乗り、そのまま近くのイタリアン・カフェ、「ヴェニエロ」へ引っ張られて行って、超特急で浅い会話を、気もそぞろに交わすことになった。確か、ほんの15分か20分かそこらだったと思う。
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