滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第6話 太った火曜日③

滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第6話 太った火曜日③

大学時代の同級生でもある神父と飲みに行った。
彼はアルコールが入ってもなかなか心を割らない。
立場から生きる人生というのは、なかなか難儀なものだ。

 


 飲んで(わたしは一滴も飲めないから、飲んだのは神父の方だ)、食べて(おごってくれたから、神父にも収入があるのだと思った)、「さよなら、また会いましょう」と言って別れた。東京の夜景に溶け込んでいく同級生の後ろ姿を見て、もう引き返せない人生を選んでしまった同級生が、神様に直接お仕えするような高貴な人生を選んでいなかったら、どうだったろうと思った。神父になるということは、たぶん、孤独なことなんだろうなあ、と思った。

 忘れてしまっていたけれど、ずいぶん前のこと、ミッドウエストのカトリックのカレッジにいたころ、イースター休暇を修道院で過ごしたことがあった。見渡す限り続く平原の真ん中に、まるで世界から切り離されたみたいにして建っている修道院で、高い鉄の柵に囲まれていた。あてがわれたのは、窓から共同墓地が見下ろせる角部屋で、夜になると、カーテンのない窓から、月の光に青白く浮かぶ共同墓地が否(いや)が応でも目に入ってきた。2晩めだったか、窓をコツコツとたたく風の音に、とうとう、よじ登る式の古い鉄製のベッドからすべり降りてマットレスを引きずり下ろすと、閑散とした廊下を、もう1人のゲストの部屋まで引っ張って行って、床に寝させてもらった。

 翌朝、「あなたのおかげで列車強盗をする夢を見た」とゲストに言われ、「敬虔なシスター方の聖なる魂が何をすると思ってるんですか」とシスターの1人にたしなめられ、パブリックルームで勝手にコンポで音楽を聞いて所有者のシスターに𠮟られ、薄暗い食堂の長いテーブルについてインゲン豆のスープや魚のフライを食べ(おいしかったからよく覚えている)、そして、ぜんぜん覚えていないのだけれど、聖週間でしかも修道院であったからミサにも駆り出されたはずだ。そういえば、広間の窓にカーテンをかける手伝いとかも、やった。その分厚いカーテン地はキラキラ光って見えたから、たぶんガラス繊維が入っていたのだろうと思う、その細かな破片が手に刺さって、しばらくの間、チクチク痛んで仕方なかった。

 その修道院には、東南アジアから来た難民のシスターがいた。難民のシスターは、修道院の中庭をよく散歩していた。今のわたしなら近寄っていって話しかけるだろうけれど、当時はまだ大学生で、招いてくれたシスター・スザンナやほかのゲストと話すのに忙しかったから、難民のシスターに中庭でばったり会うと、かすかに目で挨拶するだけだった。シスターは、わかるかわからないか程度にお辞儀すると、話しかけられたくないのか向きを変え、雪がとけて見え始めた土肌やら芽を吹き始めた梢(こずえ)やらを触ったり眺めたりしながら、またふらふらと、わたしたちと違う方向に向かって歩き始めるのだった。異国の環境に慣れていないのかもしれないとも思ったし、英語がまだよくしゃべれないのかもしれないとも思った。

(つづく)
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桐江キミコ(きりえ・きみこ)

米国ニューヨーク在住。上智大学卒業後、イエール大学・コロンビア大学の各大学院で学ぶ。著書に、小説集『お月さん』(小学館文庫)、エッセイ集『おしりのまつげ』(リトルモア)などがある。現在は、百年前に北米に移民した親戚と出会ったことから、日系人の本を執筆中。

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