滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第7話 カゲロウの口⑤
ミスター・アロンソンは今ごろ、
答えが得られて納得しているに違いない。
ミスター・アロンソンは、生前、死後の世界に関心を寄せ、「死後はいったいどうなるんだろう。死んだあとはどうせ何もないだろうから、死んでみたところで死がわかるわけでなし、死は永遠のナゾのままであり続けるわけだ」と、半分ジョークで、半分本気で言っていた。
もし死後の世界があるなら、今ごろ、ミスター・アロンソンは、知りたかった答えが得られて、納得しているに違いない。そして、もし、死後の世界がないのなら、少なくとも、体の不具合や睡眠不足もろもろ、文句たらたらの日々の連なりからやっと解放されることになったわけだから、解放されたことを喜ぶことができなくても、ミスター・アロンソンにとっては歓迎すべきこととはいえるだろうと思う。
それからしばらくして、ウルグアイからの封筒が郵便受けに入っていた。モンテビデオのミスター・アロンソンの住所が書いてあって、ぎょっとして封を開けたら、中には、ミスター・アロンソン宛の3通の小切手と入金票と郵便物の転送届が入っていた。ウルグアイの郵便事情はあてにならず、このエアメールも、ひと月以上かかって届いたのだ。
小切手にはちゃんと署名がしてあり、口座番号と金額が書かれた入金票も同封され、銀行に行って入金を頼むとメモがしてあった。そして、転送届にはウルグアイでの住所が記入してあった。天国へ行ってしまった(あるいは無になってしまった)ミスター・アロンソンからの、最後の頼まれごとだった。
ミスター・アロンソンが亡くなったと聞いてもぜんぜんピンと来なかったけれど、だいじな郵便物が届けられなくなっては困ると、まぎれもないミスター・アロンソンの直筆で1字1字ていねいに記入してある転送届を見て、当の本人はもうこの世にいないのに、ミスター・アロンソンが生きていたときの気持ちがそこに残っていて、ああ、ミスター・アロンソンは本当にいなくなってしまったんだ、と思った。
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