滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第2話 星に願いを①

滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~--02

ジュリアとモニカとわたしは、いつもいっしょにいた。
20代のころ、適度な距離を保って付き合っているあいだは……。

 一方、ジュリアは、といえば、生来のミーイズムに加えて、年を重ねるにつれ、神秘主義、心霊主義といったたぐいに傾いてゆき、カバラだの、輪廻(りんね)だの、ヴードゥー人形だの、象の頭をしたインドの神様、ガネーシャだのを節操なくごった交ぜにして信じ、ヨガをやり、瞑想(めいそう)をする、彼女言うところの「スピリチュアリスト」になった。ジュリアによると、たとえば、電車に乗ると、実際にいるように見える人の半分が幽霊なのだそうだ。ジュリアがそう言ったときには、冗談を言っているんだろうと思ったけれど、真顔だったから少なからずびっくりしてしまった。わたしは、霊も輪廻も先祖のたたりも信じていないから、時々、ジュリアとの間に壁が立ちふさがる。

 だって、どう考えたって、ご先祖様が自分のDNAを受け継いだ子孫にわざわざ不幸を仕向けるなんて、不合理ではないですか。子供はどんなに出来が悪くてもかわいい、孫なら手放しでかわいい、故に、たとえ子孫が祖霊崇拝をサボっても、ご先祖様は子孫繁栄を願うはずだ、という筋がまっとうだと考えているのだけれど、でも、こんな考えを不謹慎と思う人だっているだろうということは予想がつく。だから、信仰のような個人的な問題に関しては、極力口をつぐんで平和な共存を心がけているのだけれど、人には人の考え方があると相手の考えを尊重しても、こちらの考えを尊重してくれない人はけっこういて、困ったことに、ジュリアもその一人なのだ。

 あるとき、親にろくに食べさせてもらえないで、コンビニであんパンを盗み食いして折檻(せっかん)され、あげくの果てには死んでしまったかわいそうな男の子の話になり、その子の人生のことでちょっとした論争をしたことがある。

「前世で悪いことをしたから罰を受けたのよ」とジュリアは言った。「彼は、現世で罪をつぐなったんだから、来世では幸せになれるわよ。物事というのは、もっと大きな視野に立って見なきゃ」

 まるで、これでよかったとでも言うような口調だった。

「電車に乗っている人の半分は幽霊だ」と言われても、納得はしないけれど、ジュリアにはジュリアの死生観があるんだから、と、聞き流せる。が、何も悪いことなどしていないのに、辛(つら)いだけの短い人生を閉じたかわいそうな男の子が自業自得だというなら、あまりにかわいそう過ぎる。それでは浮かばれるものも浮かばれないではないか。

 ジュリアが、こんな具合にわたしの目から見るととんでもなく非合理なことをゴリ押しするとき、疲れるな、と思うし、休日に招待してくれた人に「せっかく交通費を払って来たのに、こんなにつまらない休暇なんてないわ」と言ってのけ、その人のことをああのこうのゴチャゴチャ言うときなんかも、ますます疲れるな、と思う。

 何にしても、ジュリアとモニカとは、今までずっときれいな正三角形を作って、付かず、離れず、だいたい同じぐらいの距離を保ってきた。音信不通になることもなく、ずっと付き合いを続けてこれたのは、付かず離れずという距離のなせる業なのかもしれない。2人とも、ものすごく深い親友になることもない、浅い、そこそこの付き合いだった。

(つづく)
次記事

前記事

桐江キミコ(きりえ・きみこ)

米国ニューヨーク在住。上智大学卒業後、イエール大学・コロンビア大学の各大学院で学ぶ。著書に、小説集『お月さん』(小学館文庫)、エッセイ集『おしりのまつげ』(リトルモア)などがある。現在は、百年前に北米に移民した親戚と出会ったことから、日系人の本を執筆中。

【ランキング】J・R・R・トールキンが残した作品に注目! ブックレビューfromNY<第35回>
私の本 第5回 今泉忠明さん ▶︎▷02