白井智之 ◈ 作家のおすすめどんでん返し 07
1話4ページ、2000字で世界が反転するショートストーリーのアンソロジー『超短編! 大どんでん返し』が売れています。執筆陣が、大ヒットを記念して、どんでん返しを楽しめる映画やアニメ、テレビドラマ、実話怪談など、さまざまな作品を紹介してくださいました! ぜひチェックしてみてください。
作家のおすすめどんでん返し 07
どんでん返しはないけれど
白井智之
どんでん返しのある作品を人に薦めるのは難しい。どんでん返しがあると知った時点で、トリックを警戒し、伏線や手掛かりを探してしまうからだ。優れた作品はそれと知っていても楽しめるものだが、不意打ちを食らうに越したことはない。
その点、『バーニング 劇場版』にどんでん返しはない。原作の『納屋を焼く』と同様、ある不可解な事件が起きるが、真相はいくつかの方法で暗示されるだけで明らかにならない。にもかかわらず、ぼくは本作を見て、良質などんでん返し作品を見たような驚きを味わった。
本作には二つのバージョンがある。一つは2018年12月にNHKで放送された95分のドラマ版。もう一つは2019年2月に公開された148分の劇場版だ。ぼくは初めに劇場版を見た後、友人から録画DVDを借りてドラマ版を鑑賞した。
このドラマ版が曲者で、一見すると劇場版を短くまとめたお手軽版のようだが、よく見ると物語の焦点がわずかに変わっている。決定的に違うのが物語の終わり方で、それによってストーリー全体の意味合いも異なるものになっている。が、この差がどんでん返しだと言いたいのではない。
ぼくが驚いたのは、ドラマ版を見てから再び劇場版を見ると――すなわちこの物語が、主人公のジョンスが〇〇〇〇〇〇を見つける話だということを念頭に劇場版を見ると、結末で起きることがまったく違って見える、ということだ。当初は破滅の場面に見えたものが、ドラマ版という補助線を引くことで、自立、ないしは成長の場面に見えてくる。この反転はまさにどんでん返しのようだった。
繰り返すが、『バーニング』にいわゆるどんでん返しはない。ドラマ版を見る前と後でぼくの解釈が変わった、というだけの話だ。イ・チャンドン監督も結末には複数の解釈がありうると述べている。作中の謎めいた事件については、ぼくなりに一つの解釈を持っているのだが、それもきっと正解ではない。
白井智之(しらい・ともゆき)
1990年千葉県生まれ。東北大学卒業。2014年、第34回横溝正史ミステリ大賞の最終候補作『人間の顔は食べづらい』でデビュー。『東京結合人間』で第69回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)候補、『おやすみ人面瘡』で第17回本格ミステリ大賞候補。著書に『名探偵のはらわた』『ミステリー・オーバードーズ』『死体の汁を啜れ』(8月30日発売)などがある。
『超短編! 大どんでん返し』
編/小学館文庫編集部