文学と「ゾンビ」の関わりを知るための4冊

映画やアニメ作品において根強い人気を誇る「ゾンビもの」。その歴史を紐解いてみると、1950年代に発表された吸血鬼SF小説に行き当たります。今回は、文学と「ゾンビ」の関わりを知ることができる4冊の書籍を紹介します。

ホラー映画の一ジャンルとしてはもちろん、近年では文学の世界においても熱狂的なファンを持つ、「ゾンビもの」。現在、日本にも世界にも数多くのゾンビ小説が存在しますが、意外にもゾンビ小説のブームの歴史はそれほど深くなく、これほどまでに流行するようになったのは2000年代以降であると考えられています。

今回は、現代的なゾンビのイメージに影響を与えた映画作品などを紹介しつつ、文学とゾンビの関わりを知ることのできるユニークな書籍を4作品紹介します。

近代的「ゾンビ」の礎を築いた不朽の名作──『地球最後の男』(リチャード・マシスン)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4150401519/

『地球最後の男』(I Am Legend)は、アメリカのSF作家、リチャード・マシスンが1954年に発表したホラー小説です。

現実世界における「ゾンビ」はコンゴで信仰されている神「ンザンビ」が由来とされ、ブードゥー教において死者を蘇生させる儀式がかつて存在したという言い伝えにルーツを持ちますが、フィクションにおける現代的な「ゾンビ」のイメージの原型は、本書が作ったものであるという説が有力です。ホラー映画史においてはそれより前の1932年にヴィクター・ハルペリン監督による『恐怖城』という映画がゾンビを初めて登場させているものの、この映画のなかではゾンビは“ゾンビマスター”に命じられるまま奴隷のように働く存在として描かれており、人間を襲うといった今日的なゾンビのイメージは取り入れられていません。

『地球最後の男』は、全世界の人間が“吸血ウイルス”によって吸血鬼と化してしまい、生き残った人間が主人公のみである──という極限の状況を描いたSFホラーです。主人公のロバート・ネヴィルは、戦時中に打たれた注射の薬による影響で人類で唯一“吸血ウイルス”に感染しなかった人間。彼は一軒家に立てこもり、夜になると家の周りに集ってくる死者たちから身を隠しながら、吸血鬼が眠りにつく昼間を狙い、眠っている吸血鬼を見つけ出してはひとりずつ心臓に杭を打ち込むという作業を繰り返しています。

本書が描いたように、呪術的な儀式ではなく、パンデミックや戦時下の化学実験などによって感染者(犠牲者)が増えていくというイメージが、今日における“ゾンビ”の基礎と言えます。実際に映画監督のジョージ・A・ロメロは1968年、本作に影響を受けたゾンビ映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を製作しています。この作品には生ける屍(ゾンビ)に襲われた人間も同じくゾンビ化してしまうという設定が織り込まれており、ゾンビ映画の記念碑的作品と位置づけられています。

“ホラーの帝王”までもがゾンビを描くように──『セル』(スティーヴン ・キング)


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『地球最後の男』に影響を受けた『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を起点に“ゾンビ映画”は1970年代以降ブーム化していったものの、文学の世界では長年、ゾンビものは映画界ほどの地位を占めずにいました。“ゾンビ小説”が注目を集めるようになったのは2000年代以降と見られており、このブームに貢献した作品のひとつがホラーの帝王、スティーヴン・キングによる『セル』です。

『セル』は、ある日、携帯電話を使用していたすべての人々が一瞬にして怪物(ゾンビ)へと変貌してしまったという設定のSFホラー小説で、偶然携帯電話を持ち歩いておらずゾンビ化せずに済んだ主人公のクレイは、少数の生存者たちと共に行動し、突如狂ってしまった人々から別居中の妻子を守るべく奮闘します。

ここで描かれている“携帯人”(=携帯電話を媒介にして感染し、怪物化して人を襲っていく者たち)の様子は、

女は膝を曲げて、体をよろめかせていた。さっきまでその顔にのぞいていた表情──お高くとまり、生まれ育ちをひけらかす世間向けの表情──クレイが”街の中で基本である無表情顔”とみなしている顔つき──がすっかり消え去って、ひくひく痙攣を繰りかえす激怒の表情に変わっていた。

と、まさに王道の現代的ゾンビの姿と言えます。

携帯電話を手にした人々がゾンビ化していくというストーリーは一見荒唐無稽であるものの、スティーヴン・キングらしい、身近なアイテムが一瞬にして恐ろしいものに姿を変えてしまうという緻密な描写が存分に効いており、リアリティのある緊張感が続く1作となっています。本作はスティーヴン・キング自身による脚本(トッド・ウィリアムズ監督)で2016年に映画化もされています。

日本で生まれた“異色”ゾンビ文学──『屍人荘の殺人』(今村昌弘)/『ゾンビ百人一首』(青蓮)


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海外では早くからブーム化していたゾンビ小説ですが、日本では(小松左京による『復活の日』といったパンデミックをテーマにした名作は存在したものの)海外ほどの一大ブームにはならず、ゾンビは漫画やアニメ作品のなかで描かれる機会のほうが多い印象があります。しかし近年は、正統派ホラー小説以外でもゾンビ小説が注目されつつあるのです。

今村昌弘が2017年に発表した小説『屍人荘の殺人』は、映画研究会の合宿所であるペンションを舞台に巻き起こるおぞましい密室殺人事件を、ミステリマニアの大学生と探偵少女が解決しようと奮闘する──という王道ミステリ小説。しかしなんと、本書はミステリであると同時にゾンビ小説でもあるのです。

山から下りてきた人影は走れば五秒とかからない距離まで近づいている。足を引きずりながら低い呻き声を漏らす何者か。(中略)
「おおお、ぁああーーー」
道路灯に顔が照らし出される。焦点を失った目。だらしなく開けたまま意味のない呻き声を漏らす口。赤黒い血を顔と衣服にばったりと塗りつけている。中には服が裂け、裸身を晒している者もいた。

登場人物たちは、合宿所の近くに突如出現したゾンビの群れから身を守りつつ、同時に密室殺人の謎を解かなければならないという究極のシチュエーションに翻弄されます。本書は第27回鮎川哲也賞、第18回本格ミステリ大賞を受賞するなどミステリ小説の賞を総なめに し、ミステリとゾンビという異色のかけ合わせで新ジャンルを切り拓いた作品として知られています。


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B073CCZZK6/

また、小説投稿サイト「小説家になろう」発の作品として注目を集めた『ゾンビ百人一首』(青蓮)では、“ゾンビ病”が蔓延した日本を舞台に、百人一首をベースにした100話のショートショートが紡がれています。言うなれば、百人一首を“ゾンビ化”した作品なのです。著者・青蓮の手にかかれば、柿本人麻呂による

あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む

という名歌は、

きっかけは、本当に何でもない怪我だ。
転んで倒れかかるところにちょうど折れた手すりがあって、勢いで腕を引っかかれた。
少し皮と肉が削げて、血が流れた。
本当に、たったそれだけ。
たったそれだけのことで、俺はこの山小屋に閉じ込められた。(中略)
「三日ごとに様子を見に来る。二週間何事もなければ、出してやるよ」
乱暴に、扉が閉められた。
外から、ガチャガチャと鍵をかける音がする。

と、動き回る死者に噛まれることで感染する“死病”の感染者だと疑われてしまった語り手が、2週間のあいだ、隔離された山小屋でひとりきりで過ごす際の心境を描いたサバイバル小説に姿を変えてしまいます。

『屍人荘の殺人』、そして『ゾンビ百人一首』のように、ゾンビを他の意外なジャンルとかけ合わせた唯一無二のエンタメ小説が、近年では数々生まれているのです。

おわりに

リチャード・マシスンの『地球最後の男』から出発したゾンビ小説は、現在ではさまざまな形に姿を変え、読者を飽きずに楽しませています。映画や漫画をきっかけにゾンビ作品に興味を抱いた方も、ユニークな形に発展しつつあるゾンビ小説の世界に、ぜひ足を踏み入れてみてください。

 

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