スピリチュアル探偵 第14回
連載を読んだ(?)刺客登場!
思わぬキーワードにドキッ!
「酒がまわり始めると、オーラって消えちゃうものなんですか?」
「完全に消えはしないけど、たいてい薄くなる」
「でもほら、お酒って神様に捧げたりもするじゃないすか。むしろそういうスピリチュアル的な力が増すようなことはないんですか」
「………」
ちなみにこの「………」は控えめに頷きながらのやつで、暗に「何を言ってるんだこいつは」とでも言いたそうに見えました。ちくしょう。
「あ、あと。僕の後ろに人の姿も視えてるんでしょう?」
「ああー」
「(Yesと解釈して)どんな人が視えてます?」
正直、オーラだ何だと言われたところで裏の取りようがないので不毛なのですが、こちらも後には引けないテンション。視えるとのたまうなら、その言い分をとことん吐き出させてやる構えです。
するとここで、彼の口から予想の斜め上を行くコメントが飛び出しました。
「最近、お城の近くに行った?」
タメ口にもいい加減、慣れました。それより気になるのは、「お城」というフレーズです。実は僕、この日の前日まで、長野の松本にいたのです。
「……行きました」
「なんでわかるの?」という言葉を飲み込みつつ、どうにかそう返した僕。そして刹那の間に、脳内の記憶をフル回転させます。僕、松本へ行ったことを、SNSとかに投稿したっけな……?
「なんでそう思ったんですか」
「いや、なんかそれっぽい人に視えるから」
視えるというのは僕の後ろの人のことでしょう。
「ええと。つまり僕、何か連れてきちゃってるとか……?」
「まあ、そうかな」
「………」
ちなみにこの僕の「………」は、(えらいことになった)のニュアンスです。思えば、なんて丑三つ時にふさわしい話をしているのでしょうか。
城下町で身にまとわりついた昔人の思念
「それ、具体的にはどんな人物が視えてるんですか。お侍さんみたいな人?」
このあと一人暮らしの家に帰らねばならないことを踏まえれば、あまり掘り下げたくない情報なのですが、聞かないわけにはいきません。
「そこまではよくわからないけど、お城のそばでよく視るタイプの昔の人が」
「時代劇で見かけるような出で立ちの?」
「ちょっと違う気もするけど、雰囲気としてはそんな感じかな」
「その人、いま僕の後ろで何してるんですか?」
「そこまではわからない」
恐怖心を押し殺していろいろほじくってみるものの、今ひとつ明瞭な証言が得られません。
「僕、お祓いとかしたほうがいいすかね」
「いや、そういうんじゃないから平気」
「そういうん」とはどういうんなのか。そして僕の後ろの人は、いったい何者なのか。酔いが疑問符で一気に吹き飛ばされましたが、おかっぱの彼は対照的に、だいぶまわっている様子です。
「だってこれ、地縛霊みたいなの連れてきちゃってるんでしょう?」
「違う違う、よくあるやつだから大丈夫」
「………(よくあるのかよ)」
「そんな深刻なやつじゃないし、すぐ消える」
──このあたりのやり取りは、本当に埒が明かなくて悶々とさせられたのですが、どうにか彼から聞き出したコメントを総括すると、システムとしてはおよそ次のような感じらしいです。
・昔から多くの人が訪れた要所には、その場に人々の記憶が残る。
・それを時に人は幽霊と表現しているようですが、実際は思念の残滓のようなもの。
・その思念が身にまとわりつくことが稀にある。
・僕は今回、松本の城下町でその思念をまとったまま帰ってきた模様。
・ちなみに、とくに意思を持って悪さをする類いのものではない。
だから「基本的には気にしなくて大丈夫」、なのだそうですが……うーん。モヤモヤを払拭できないまま、ほどなく彼の酩酊ぶりがいっそう深みを増したところで、この日はお開きとすることに。
帰りは一緒にタクシーに乗るつもりでしたが、一刻も早くコンビニで粗塩を買いたくて、先に彼だけ見送りました。そして帰宅後、悪霊ならどうか退散してほしいと、浴室で粗塩をゴリゴリと全身に塗りたくった僕ですが、まあ気休めかもしれません。
そもそも、おかっぱ頭の彼は本物だったのでしょうか? たとえば渋谷にだってかつては渋谷城が建っていたわけで、「お城の近く」というのが当てずっぽうだったとしても、それなりの精度でこじつけられるような気がします。いまとなっては、真相は藪の中ですが。
それよりも、結局最後まで彼の名前を聞けなかったことが、ほんのりと残念な夜なのでした。
友清 哲(ともきよ・さとし)
1974年、神奈川県生まれ。フリーライター。近年はルポルタージュを中心に著述を展開中。主な著書に『この場所だけが知っている 消えた日本史の謎』(光文社知恵の森文庫)、『一度は行きたい戦争遺跡』(PHP文庫)、『物語で知る日本酒と酒蔵』『日本クラフトビール紀行』(ともにイースト新書Q)、『作家になる技術』(扶桑社文庫)ほか。