スピリチュアル探偵 第8回
"ヒゲダン"先生だった!?
ついに明かされた、守護霊のシステム!?
お金を払っているわけでもないのに能力を使わせるのは気が引けるものの、話の流れ的にはこう言われても不自然ではなかったはず。するとヒゲダン先生は眉ひとつ動かすことなく、「もちろん」とひときわの低音ボイスで言いました。
これには内心、「キターーーッ」と高まるものがありましたが、過剰なリアクションは控えて次の言葉を待ちます。
「誤解している人が多いけど、守護霊に守られていない人間なんていないんだよ。誰しも皆、必ず守られているものなの」
「そうなんですか? それはやはりご先祖様なんですかね」
「必ずしもそうとは限らないよ」
「すると、たとえば僕の場合は後ろに誰が……」
ヒゲダン先生はここで、少し困ったような表情を浮かべました。どう説明したものか、言いよどんでいるようです。
「その話をするには、先に守護霊とはどういうものかを理解してもらう必要があるね」
「ぜひ教えてください」
するとヒゲダン先生はすっと立ち上がり、圧迫感のある書棚から3冊ほど本を抜き出し、パラパラとめくり始めました。そしてあるページを開いて指で示しながらこう言います。
「まず、守護霊ってのは総称だから。守護霊の中には主護霊や指導霊、支配霊、補助霊など、役割に応じて様々な霊がいるの」
ヒゲダン先生がその系統図のようなものが載ったページを指差しながら言ったので、幸いにして「守護霊」と「主護霊」の字面の違いはすぐに認識できました。そういえば懐かしのオカルト漫画『うしろの百太郎』でも、似たような解説がされていたのを思い出します。
いわく、守護霊とはチームで編成されていて、主護霊はその中のリーダーのような存在なのだそう。そして指導霊はその人物の行動を司り、主に仕事や趣味の面をサポートする役割。支配霊は生物としての生涯の全体を俯瞰して支える役割。補助霊はそうした守護霊チームの補欠のようなもので、主護霊や指導霊の働きを補完する立場なのだとヒゲダン先生は教えてくれました。
……でも、こうして役職が分かれているのって、いかにも俗っぽい。というか、はっきり言ってしまえば嘘くさい。一体誰がどういう経緯で僕の主護霊や指導霊に就任したというのか。できるものなら、自分で面接して優秀な人材を選びたいのですが。
「そのあたりのことは僕も研究中だけど、向こうのもっと大きな意思が作用しているようだね。つまり僕らが自分で決められることではないんだ」
そもそも、補助霊という補佐役が必要である時点で、彼らにも作業量のキャパシティが存在するということ。「だめだ、手が回らないから誰か手伝って!」みたいなことが"向こう"の世界でも行なわれているのだとすれば、僕らがイメージしているものとは随分様子が異なります。
ヒゲダン先生と交わした将来の約束
「……では、先生の目にはいま、僕の背後に大勢の守護霊さんが視えているんですね?」
「うん、うっすら視えてるね」
なんで急に「うっすら」なんだよと思わなくもなかったですが、そんな先生の予防線に構うことなく追い込みをかけます。
「それは僕の先祖ですか?」
「そういう血筋の人もいるよ」
「すると、それ以外の人はまったくの赤の他人?」
「現世での血筋でいうとそうだけど、魂レベルではちゃんと関わりがあっていまあなたに付いているんだよ。無関係ということはない」
どうやら血縁関係というのは、あくまでハード(肉体)の側の問題であって、魂レベルでは些末な問題というのがこの先生のスタンスのよう。
「先生は僕の守護霊の誰かと直接お話しできるんですか?」
「そうだね。できる時もあるけど、いまは難しいかな」
「え、それはなぜですか?」
「なんだろう、うまく波長が合ってない」
なんて都合のいい言葉なのでしょう。
「もしかして、セージを焚いてるからじゃないですか」
「そういう問題じゃない」
「でも、セージには除霊効果があるんですよね。もしかして僕の守護霊さんたち、いま苦しそうにしてません?」
「いや、これは悪い霊にしか効かないから大丈夫」
ううむ、殺虫剤だったら害虫以外の虫にも作用しちゃうのに。セージってそんなに高性能なのか。
結局、こうしたご都合主義的な設定に基づいた問答をしばし続けたものの、ヒゲダン先生の話からは、守護霊の実在を裏付けるような材料は見つからず。そのうち帰りのフライトの時刻が迫ってきました。
ここらが潮時。そう判断した僕は、丁重にお礼を言って席を立ち、「またぜひお話を聞かせてください」と言うと、先生は「いつでもどうぞ」とにこやかに返してくれました。これはヘタをすると、「対話篇」のオカルト版が書けそうです。
そのまま玄関まで見送りに降りてきてくれたヒゲダン先生。僕は靴を履きながら、最後にふとした疑問を口にしました。
「先生も僕も、いつか死んだら誰かの守護霊になるんですかね?」
「さあ、どうだろう。誰でもなれるわけではないから、まずそのランクまで自分を高めないといけないよね」
魂にもランクがあるのかよ……。どうやら格差社会は無限に連鎖しているようです。というか、死んだあとも働かなきゃいけないこと自体、考えれば考えるほど気が滅入りますな。
「じゃあ先生。縁起でもないですけど、いつか先生がこの世を旅立たれたら、向こうから僕にメッセージを送ってくださいよ」
「フフフ……。わかった、おっ死んだらすぐ会いに行くよ」
「いや、怖いので直接来るのはやめてください」
「でも、それが一番わかりやすいじゃないの。行くよ」
「うーん。まあ、じゃあそれでお願いします……」
まるで「お互い30歳になっても独身だったら結婚しよう」と約束する幼なじみのようなやり取りをして、僕は四国を後にしました。
今のところ、ヒゲダン先生からの連絡はありません。というかあの先生、まだお元気なのでしょうね。もし、いつか本当に我が家へやって来ることがあったら、やっぱり怖いのでセージの葉を焚いてやろうと思っているのですが……。
友清 哲(ともきよ・さとし)
1974年、神奈川県生まれ。フリーライター。近年はルポルタージュを中心に著述を展開中。主な著書に『この場所だけが知っている 消えた日本史の謎』(光文社知恵の森文庫)、『一度は行きたい戦争遺跡』(PHP文庫)、『物語で知る日本酒と酒蔵』『日本クラフトビール紀行』(ともにイースト新書Q)、『作家になる技術』(扶桑社文庫)ほか。