師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第60回> 『スターと握手して、好きな人と結婚したいです』
「師が走る」と書いて「師走」。我らが師こと一之輔師匠は、師走に限らず今年もずっと、最初から最後まで走り続けていた印象で、まさしく一年中「師走」の風情。それでも年末年始は、さらに輪をかけて忙しい御様子で……
キッチンミノル(以後、キ):いよいよ今年も、もう数えるほどですが……
一之輔師匠(以後、師):どうせ「一年が経つのはあっという間」とか言うならさ…
キ:はい。
師:もっと短くしてもらいたいよ。
キ:……えっ? もっと短く?
師:そう。正月なんていらない。
キ:どうしてですか?
師:疲れる。お年玉がめんどくさい。……一年は2月からスタートでいい。
キ:はぁ…
師:8月は、暑いからいらない。
キ:いやいやいや……季節の話!?
師:11月も中途半端。
キ:中途半端!?
師:割り切れないし。
キ:なんスか、その理論は!? だったら3月や5月、それに7月は?
師:うるさいよ。 2月も短いから必要なし!!
キ:無茶苦茶ですよ〜! いまさっき「一年は2月から始めろ」って言ってたのに…
師:いいのいいの。オレが王様なら「一年は8か月にする」って宣言する。いま決めた。
キ:絶対王政ですね。
師:まあな。
キ:………ところで、師匠は電車に乗ると天才的な速さで空席を見つけて座りますよね。
師:オレはカッコつけて立っているのが嫌なんだよ。
キ:なるほど。でも世の中にはこういう方もいらっしゃるみたいで…
「1年ほど前から髪を染めるのをやめて、なかなかいい感じのシルバーヘア(要は白髪です)になったからでしょうか。最近、電車でよく席を譲られます。初めて譲られたときは、自分だと思わなくて、後ろを振り返った私ですが、今は譲られたら、素直に座らせてもらっています。そのほうが、その場が丸く収まることを実感したので。
まだ仕事をしているし、先日は一之輔様に会いたいあまり、仕事帰りに末廣亭に5日間続けて通ったくらい元気です。譲られるより、譲る気満々です。実際に譲ることもあります。だから、譲られると、なんだか、ずるして座っているような気がして、すっきりしません。
このまま、譲られたらおとなしく座っていていいのでしょうか?(kaorun/女性/61歳/東京都)」
…ってことなんですが。
師:オレなんか、早く席を譲られる立場になりたいけどね。
キ:はぁ…
師:今でも、若者はなんでオレに席を譲ってくれないんだろう?…っていつも思っている。
キ:いつも? 疲れているんですね……心配になるなぁ〜。だけど、さすがにまだ早いでしょ。
師:そう?
キ:「そう?」って……なんて自分本意! 王様になろうっていう人は考え方が違いますね。
師:オレは全然、自分本位じゃないぞ。その証拠に、お年寄りがオレの前に立ったときは、すぐに譲るようにしているから。
キ:そうですかぁ〜? 『いちのいちのいち』の撮影で、ずーっとついて回りましたけど、そんな場面は一度もなかったですよ。
師:バカ! それはたまたまオレの前にお年寄りが立たなかったからだよ。
キ:たまたま!?
師:そう。立ったらすぐに譲る。
キ:へ〜。
師:だって、誰が見ているかわからねーからな。「あっ、一之輔さんがお年寄りに席を譲っている!!」って思う人もいるだろうから。好感度上がるぞ〜
キ:自分のため!?
師:そりゃそうだよ。当たり前だよ!
キ:……やっぱり自分本位。
師:だけどさ。自分がどんなに疲れていたとしても、座っている目の前にずーっとお年寄りが立っている状況のほうが、オレにはストレスだから。
キ:なるほど。
師:なのに、せっかく譲ったのに断られたときのショックさってないよね。
キ:ですね。いろんな気持ちを台無しにしますよね。
師:するね。
キ:私は「やさしさ」って、行動を起こす側だけでなく受ける側にも必要だと思うんです。席を譲るときだけでなく、目の前の扉を開けてもらったら「ありがとう」の気持ちを何かしらで表さないと、「やさしさ」って続いていかない気がします。
師:「やさしくしましょう」だけじゃなくてね。やさしくされた側も、相手の行動に「やさしく」対応する。
キ:はい。
師:だから、座席を譲られて断るにしても、「結構です!」って無碍に断らずに、「次の駅
で降りますので」とか理由を言ってもらえると、断られたほうも少しは気持ちが楽だよな。
キ:そうですね。では、kaorunさんは席を譲られたときにどう対応すればいいですか?
師:座っていればいい。
キ:それはズルじゃない?
師:ぜんぜん。相手へのやさしさです。
キ:なるほど。
師:Kaorunはもう一度ちゃんと鏡を見てごらん。
キ:鏡を…
師:ほら、ごらんなさい。あなたは立派なババァ。
キ:コ、コラァッ!!
師:ん?
キ:あなたのやさしさは、どこいったの〜!
師:まぁまぁ。他人と比べたら自分はまだ若いと思っている人にまで若者が席を譲るなんて、いい世の中じゃないの。
キ:……なるほど。そういう考え方もありますねェ。
コンサート等で客席に降りてきたスターを目の前にして、隣の人は、ばっと手を出してスターと握手しているときに、わたしはもじもじしてしまい、あっという間に握手の機会を逃してしまうという悔しい思いを、2度経験しました。
このまま内気なままでは、人生の大事なタイミングでも手を出せずもじもじしたまま機を逃し、悔いを残して死んでしまうのではないかと心配です。恋愛においてもその傾向があり、婚期を逃しつつあります。
自分の気持ちに正直に行動できる力が欲しいです。そして、スターと握手して、好きな人と結婚したいです。
(りな/女性/27歳/熊本県)
師:……オレも内気なんだよなぁ。
キ:気持ち、わかりますか?
師:わかるねぇ。オレもコンサートで握手できない。
キ:したいとは思うんですか?
師:内気すぎて、したいとも思わないね。
キ:だけど、りなさんは、本当は握手したいみたいです。
師:好きな人とも結婚したい。
キ:はい。
師:よくばりすぎだよ。
キ:まぁまぁ、そこをなんとか〜。
師:りなは、まだ家で掃除をしているときのシンデレラなんだよ。薄汚れた服を着てお姉さんたちに虐げられて、自分に自信がないシンデレラ。
キ:なるほど。りなさんも魔法の力で自信を持てるようになれれば、スターと握手くらい…
師:至極簡単。
キ:おお~!
師:……といっても、魔法なんかないからね。あったらオレにかけてほしいくらいだ。
キ:まぁ、そうですよね。
師:でも、りなには一之輔がいるじゃないか。
キ:はい、師匠!
師:それでは、りなには「一之輔的スターへの道」を伝授しましょう。
キ:お願いします!
師:とりあえず、いろんな人と握手をしましょう。
キ:いろんな人と握手? それだけ? いやいやいや、りなさんはスターと握手したいんですよ!
師:いきなりスターと握手するなんて、緊張するでしょ? だから、まずはいちばん身近な人と毎日握手。……慣れだよ、慣れ。
キ:はぁ…
師:まずは、一番身近な人から握手し始めたらいいんだよ。例えば、お母さんから。
キ:お母さん? え〜と身近すぎやしませんか?
師:身近すぎるってことはない。こういうことは最初が肝心。絶対に失敗しない、100%断られない相手から始めないと。
キ:なるほど。
師:その先にスターが待っていると思ってさ。最初は「握手しよう」って声をかけてもいい。だけどそれが慣れてきたら、前触れもなくいきなりスッと手を出してみる。
キ:いきなり? お母さんとはいえ、急にハードルが上がりますね。
師:大丈夫。そのころにはりなも、今のりなじゃないんだから。
キ:なるほど。そして次は?
師:友人、会社の同僚、上司、たまたまバスで隣りに座った人……
キ:だんだんハードルを上げていって…
師:そう!
キ:あの〜…ですが、お母さんからスターにたどり着くまでには、ものすごく長〜い道のりですよね。
師:さよう、握手道は地獄道と心得よ。
キ:え〜と、ちょっと意味がわからないんですが…
師:お母さんからスターへの道のりは長くて遠い。先の見えない地獄のようだろ?
キ:そ、そうですね…
師:だけど見方を変えれば、りなの現状は、自分の思いと現実がかけ離れている状態。それこそが、いわば地獄。
キ:現在がまさに地獄!?
師:そこにかすかに見える道……それが握手道。
キ:はぁ…
師:長い長い一本道。今はまだ見えないけれど、その先にいるのは?
キ:スター!
師:そのとおり。
キ:あっ、つまり地獄への道でなく、地獄から抜け出すための…?
師:希望の道。いまオレが、オレの手元から地獄にいるりなの手元へと伸ばした…一本の道。
キ:まるでお釈迦さまが、極楽の蓮池から蜘蛛の糸を垂らしたかのような……!
師:うん。
キ:りなさんは、その道を信じて歩いていけばいい!
師:不安になることもある、諦めようと思うこともあるだろう。
キ:だけど、その先にいるのは…
師:そう! スターのオレだよ。
キ:わぁ〜っ! 急に師匠の背後から後光がッ!!
師:ふふふ。ハハハ。ハッハッハッ!!
キ:(なんかすごい胸を張っているけど)え〜と…………ですが…
師:なに?
キ:りなさんが握手したいのは……
師:なんだよ!?
キ:え〜と、コンサートって書いてあるから、師匠じゃないような気がするんですが……
師:ふ〜……あのね。そういうところがキッチンのよくないところだぞ。
キ:すみません。(あっ、後光が消えた……)
師:せっかく今、まとまりかけたんだから、余計なこと言わなくていいの。
キ:……は、はい…
師:まぁでも、考えてごらん。世界のどこでも誰とでも違和感なく握手できる人になったらどうなると思う?
キ:きっと、内気な性格は治っているでしょうね。
師:だろ。そして友達がたくさんできているよ。
キ:そうですね。
師:つまり! りなが地道に握手道を続けていったならば、スターと握手ができるレベルになる頃には、じつは、りな自身が自分の住む世界のスターになっているんだよ!
キ:りなさん自身がスターに!!
師:知らず知らずのうちにな。そして、りなが好きな相手が、逆にりなに夢中に…
キ:なっている!! よくばりな願いが両方かなっている!!
師:どうだ!
キ:おお〜っ!
(師の教えの書き文字/春風亭一之輔 写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。
【お知らせ】
いつも『師いわく』をご愛読いただき、ありがとうございます。今回の第60回を一区切りに、ウェブ連載をいったんお休みさせていただきます。なお、書籍化PRや関連イベントの情報などはtwitter『師いわく』(@iwakuichinosuke)で逐次ご案内いたしますので、ぜひ御覧ください。今後とも『師いわく』をよろしくお願いいたします。(編集の高成)
プロフィール
撮影/川上絆次
(左)春風亭一之輔:落語家
『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。
(右)キッチンミノル:写真家
『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。
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初出:P+D MAGAZINE(2019/12/19)