辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第11回「映画1本分の母乳」
将来の食費が心配になる、
大食い育児の実態!
──と、こんなことを考えていては、「サンプル数が2の時点で結論づけようとするのはおかしいし、息子の成長もまだ十分に観測できていない」などとデータサイエンティストの夫に怒られそうだけれど、子どもたち2人の杜撰な比較をするうちに思い出したことがあった。
娘が生後2か月前後の頃のこと。突然、お風呂の後の授乳時間が急激に伸び始めた。
通常は左右合わせて20分程度なのに、30分、40分、50分と日に日に増えていく。最初は「お風呂上がりは喉が渇くんだな」程度に思っていた。しかし記録更新は止まらない。60分、70分、80分とありえない数字を連日叩き出し、ついには90分に達した。
あまりに長いので、テレビやスマートフォンを見るだけでは暇を持て余してしまい、仕事用のノートパソコンを目の前のテーブルに置いて片手で執筆しながら娘が飲み終わるのを待っていたのだけれど、さすがに短い映画なら1本見終わってしまうほどの時間を毎晩授乳に充てるのは負荷がかかる。私自身もお風呂上がりであるし、その場から動けない状態でひたすら水分を吸い取られるわけだから、喉が渇いて仕方なく、90分の間に何度も夫に「み、水……」と情けなく助けを求める始末。どうにかならないものだろうか、とインターネットで類似事例を検索しても(『授乳 お風呂の後 90分』)、そんな赤ちゃんはなかなかいないのか、まったく引っかからない。
このことを子育て中の友達に話しても、「嘘でしょ⁉」と爆笑されるだけだった。挙句の果てに、「それ、ちゃんと飲んでるわけ? 眠りながら咥えてるだけじゃないの?」と疑いまでかけられてしまう。いやいや私もミステリ作家の端くれ、その可能性はすでに考えた(※井上真偽さんの著書タイトルより)。驚くなかれ、ちゃんと飲んでるんです。90分間、口も喉も絶え間なく動き続けてるんです。途中でやめると満足せず眠りについてくれないんです。意味が分からないでしょ?
そんなこんなで有用なアドバイスは誰からももらえなかったため、最終的には夫と話し合い、粉ミルクを併用することで事なきを得た。哺乳瓶でミルクを100mlほど飲ませてから母乳に移行することで、授乳時間を90分から30分に縮めることに成功したのだ。
子育てから解放される貴重な夜の自由時間が1時間増えたのは、大変喜ばしいことだった。粉ミルクより母乳のほうがいいだとか、完全母乳が望ましいだとか、そういう言説(神話?)を耳にすることもあるけれど、結局はここに行きつくのだと思う。
──ストレスなくやろう、育児。
完璧を求めすぎて自分がつぶれてはいけない。母乳育児に限らず、何事においても。
上記は娘の例だけれど、息子もこれから同じような経過を辿るのだろうか。最近たまにお風呂上がりに40分から50分くらい飲み続ける日があるので、戦々恐々としている。でもまあ、もし今後60分を超えてくることがあれば、娘のときの知見を活かして、積極的に粉ミルクを使っていこうと思う。
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。