辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第12回「賞をもらって子育てをお休みした話」
子育て中の著者が
ワクワクした出来事とは?
2歳になった娘はともかく、息子はまだ生後2か月。低月齢の乳児を抱える母親が子どもを置いてどこかに出かけることは、物理的にも心理的にもハードルが高い。物理的というのは、3時間おきに母乳をあげなければならないため(たとえ粉ミルクにしたとしても胸が張って痛くなる)。心理的というのは、「まだ子どもがそんなに小さいのに母親が一人で外出?」と周りに思われそうな気がして、子守をお願いするのを躊躇してしまうため(時代は徐々に変わってきているものの……)。
だけど、文学賞絡みとなれば話は別だ。周りの理解が得られやすいし、少なくとも、外出するにあたって私が勝手に抱いていた罪悪感は、ずいぶんと減らせる。
そんなわけで、選考会当日は、娘の保育園のお迎えと子どもたちのご飯&ミルクとお風呂と寝かしつけ(!)を夫に任せ、夕方から意気揚々と待ち会に出かけた。
待ち会というのは「選考結果の電話がかかってくるのを待つ会」で、通常、お世話になっている各社の担当編集さんをお呼びして、飲み会のような形で行う。しかし今回はコロナ禍のため、大勢で集まるのは断念して、『トリカゴ』の版元である東京創元社の担当編集さんと2人きりで待機することになった。
その担当編集さんは、3歳の息子さんを持つお母さん。そのため、せっかく日常を離れて単身お店にやってきたにもかかわらず、結局喋るのは子どものことばかりになってしまった。担当編集さんのお子さんの写真を見せてもらって「可愛い~!」と喜んだり、私が2人の子どもたちの気質の違いについて弁を振るったり──そんな「待ち会」というより楽しい「ママ会」をしているうちに時間があっという間に過ぎていき、おかげでさほど緊張しないまま運命の瞬間を迎えた。
結果を知った直後はさすがにそのことで盛り上がり、浮かれて美味しいものを注文したりもしたけれど、最終的には『息子がなぜかミルクを拒否して泣き続けている……!』と夫からLINEでヘルプ要請があったこともあり、20時頃にはさらっと解散。帰宅してからは即座に授乳を始め、山のように来ていた連絡に片手のスマートフォンで返信した。その間に『トリカゴ』のプロットを通してくれた元担当編集さんから電話がかかってきて、喜びを分かち合ったりも(途中で息子がぐずり始め、電話に音声が入ってしまった!)。非日常的ではあったけれど、やっぱりいつでも子どもたちのことを考えずにはいられない、そんな母親の宿命を改めて実感した数時間だった。
その翌日、今度は夫と2人で、第2の「お休み」を決行することにした。
我が家では、結婚記念日とお互いの誕生日だけは、子どもを預けて夫婦2人きりで食事に行くことにしている。私がアメリカに住んでいた中高生の頃、同じ街に住むアメリカ人と日本人のご夫婦が月に1回ほどレストランに食事にいく間に、9歳と4歳の男の子2人を見守るベビーシッターのアルバイトを時給7ドルで請け負っていたことがあり、その子育てに対する大らかな考え方を輸入することにしたのだ。さすがに今の時代、時給7ドルでベビーシッターは雇えないけれど、旅行にいくよりはずっと安い金額で大人だけの時間が確保できると思えば、たまの贅沢にはもってこいではないだろうか。
東京創元社
\毎月1日更新!/
「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。