辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第44回「お巡りさんは人さらい!?」
容赦なく質問を浴びせる長女。
毎日が真剣勝負だ。
カレンダーオタクたる長女には、その後も「りっしゅうは?」「ぼうさいの日は?」と訊かれ続けた。しかしこのごろはようやく腑に落ちたのか、「ハロウィンはしゅくじつじゃないもんね~」と勝手に自己完結してくれるようになった。最近は折り紙を細く切ってテープで束ね、日めくりカレンダーを自作するのにハマっている様子。親戚や友達の誕生日はあらかた覚え、月初めの日の朝には「ママー、●月になりました、カレンダーをかえてくださーい!」と必ず大声で親を急かしてくる。まったく、子どもとは、大人には想像がつかないようなものに興味を持つ生き物だ。
長女がこの調子だから、お姉ちゃんの真似をして、息子もよく他愛ない質問を投げかけてくる。この間お風呂に入っているときも、2人一緒になって、様々な種類の乗り物について私を質問攻めにしてきた。
「しょうぼうしゃには、だれがのるのー?」
「消防士さんだよ」
「どこにいくのー?」
「火事が起きてるところに行って、火を消すんだよ」
「きゅうきゅうしゃには、だれがのるのー?」
「救急隊員さんだよ」
「どこにいくのー?」
「病院だよ。病気の人や、怪我をした人を運ぶんだよ」
「パトカーには、だれがのるのー?」
「お巡りさんだよ」
「どこにいくのー?」
「警察署だよ。悪いことをした人を捕まえて、連れていくんだよ」
数秒後、私は異変に気がついた。渦中の政治家の囲み取材かというくらいに矢継ぎ早に飛んできていた質問が、ぴたりと止んでいる。見ると、2人は湯舟の中に立ったまま、身じろぎもせずに私を凝視していた。
何か、まずい回答をしてしまっただろうか。わけも分からず、「え、どうしたの?」と尋ねると、長女が不安げに口を開いた。
「なんで、つれていっちゃうの……?」
「警察署に? だって、悪いことをする人がいたら、みんな困るでしょ。だからお巡りさんが、牢屋に入れてくれるんだよ」
「ろうや、って?」
「暗くて、灰色の壁に囲まれてて、鍵が閉まってて、自分では外に出られないところだよ」
私が言葉を連ねるたび、2人の顔がどんどん曇っていく。
そこで私はようやく気がついた。これって、まさか。
2人とも、容疑者視点で話を聞いてます──?
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『二人目の私が夜歩く』。