辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第44回「お巡りさんは人さらい!?」
容赦なく質問を浴びせる長女。
毎日が真剣勝負だ。
「わるいことすると、つれていかれちゃう……?」
やっぱりそうだ。2人とも完全に、悪戯をして親に叱られたときと同じ顔をしている。幼児たちの誤解を解くべく、私は慌てて補足説明をした。
「悪いことっていうのは、そういうんじゃなくてね。人を殴っ──叩いたり、蹴ったり、人のものを盗ん──勝手に取ったり、器物損──壊したりしたらね、パトカーに乗せられてね……」
さらにこわばる2人の顔。まずい、逆効果だ。よかれと思って平易な表現に置き換えたら、子どもたちのきょうだい喧嘩の描写そのものになってしまった。弟のおもちゃを取る姉。姉を蹴る弟。姉が作ったブロックのお城を壊す弟。怒って弟の肩を強く押す姉。2人ともそんな悪いことしちゃダメでしょ、と叱る親──。
「パトカー、こわい! パトカー、やだ!」
今にも留置場に入れられる犯人さながらの表情で、息子が真剣に叫ぶ。違うんだってば。警察は日本の治安維持に不可欠な組織で──って、何て言えばいいんだ?
「お巡りさんたちは、いい人だよ。だって、悪い人を捕まえてくれるんだもん。悪い人がいなくなったら、みんな嬉しいでしょ? ●●ちゃんと●●くんはいい子だから、捕まらないよ?」
私が力説すればするほど、長女から疑心暗鬼に満ちた視線が返ってくる。今はいい子だからママと一緒にいられるけど、弟をいじめたらすぐにパトカーが飛んでくるよ、悪い子はいないほうがみんな喜ぶよ──という脅しに聞こえているのだろう。全然、そんなつもりじゃないのに。
ほとほと困った私は、すっかり人さらい扱いされているお巡りさんの汚名を雪ぐため、その後も言葉を尽くして説明を繰り返した。しかし2人はなかなか心を開いてくれない。警察は犯罪者を逮捕して街の平和を守ってくれる正義の味方である、ということを、どうしたら4歳児と2歳児に正しく伝えられるのだろう?
怖がる幼児たちとの意思疎通を諦めかけた私は、「だって、パウパトみたいな人たちだよ?」と半ば投げやりに口にした。パウ・パトロール。今の子どもたちに大人気の、カナダ発の幼児向けアニメだ。作中では、街の人たちが直面する様々なトラブルを、パトロール隊の子犬たちが「パウっと解決」してくれる。
するとびっくり、これが効果てきめんだった。怯えていた長女の瞳に、わずかに光がよぎる。
「ねぇママ、おまわりさんって、いい人なの? ……パウパトみたいに、こまった人をたすけてくれる?」
「そう! そうそう! 助けてくれるんだよ!」
長女が安心したように微笑む。ありがとう、パウパト。そうか、最初からそう説明すればよかったのか。残念ながら、ミステリ作家にとっての警察とは、街で道案内や交通整理をしてくれる親切な人たちではなく、犯罪者を執念深く追いかけて手錠をかける腕利き集団なのである。
ふーむ、社会の仕組みを幼児に教えるのは難しい。こんなことなら、明快な回答を返せる理科系の質問のほうが、まだ対応が楽だったのではないか。
世の中のありとあらゆる事象に疑問を投げかけてくる子どもたちと接していると、頭の体操をしている気分になる。次はどんな質問が飛んでくるのか。こちらも脳を柔らかくしておかないと、回答に詰まってしまう。毎日が真剣勝負だ。
それから数日が経った、とある休日。家族そろって外出しようと準備をしていたときのこと。「まいごになったら、どうする?」と出がけに問いかけてきた息子に、私は何の気なしにこう答えた。
「お巡りさんのところに連れていってください、って言うんだよ」
──あっ、しまった。
よく考えたら、パウ・パトロールの説明に納得してくれていたのは、長女だけではなかったか。さらに小さな2歳児の誤解は、まだ解けていなかったのでは──。
途端に顔をしかめた息子。ひどく怒ったような声で、私に向かって叫ぶ。
「おまわりさん、すきじゃない! こわい! やだ!」
(つづく)
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『二人目の私が夜歩く』。