辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第41回「大仕事に臨む前、の心のメモ」
そんななか4歳娘と2歳息子は
一人の「人間」になりつつあり!?
2024年7月×日
このエッセイが公開される頃(8月1日)には、第3子の出産を無事に終えているだろうか。
未来のことは分からない。そうであってほしい、とは思う。先日、出産前後の互いの仕事の調整について夫婦で話し合う機会があった。「万が一に備えて、俺もできるだけ仕事の稼働を抑えておかないとなぁ……だって出産当日って、言ってしまえば妻の死亡リスクが通常時の100倍とかになるってことだもんね」と、夫はしみじみ言っていた。怖い言葉だけれど、紛れもない事実なのである。
そういえば、第1子の妊娠・出産前、私は医療保険に入るだけでは飽き足らず、28歳にして終活ノート(エンディングノート)を用意した。私が死んだら夫は大変だ。銀行口座も個人用と事業用で分かれているし、何より、連絡しなければならない出版社だけで何社になるのか……。ちなみに担当編集者の氏名と連絡先をノートに列挙するだけでも一苦労だったので、早々に手書きはやめ、今ではパソコンで作成したものを年1回更新することにしている。──と、人に言うと必ず驚かれる。石橋を叩きすぎだろうか? でも、早めに作成しておいて損はない文書だと思う。別に出産起因じゃなくても、人間、いつ死ぬか分からないのだし……。
ただ、正直、3回目の出産を迎えるにあたって、緊張感はさほどない。過去2回の出産が何事もなく済んでいる、という安心感が大きいのだ。でも今回は、初めての計画無痛分娩を予定している。妊娠9か月に入った頃から、手術室での処置や麻酔に関する説明が徐々に始まり、気持ちが引き締まってきた。陣痛促進剤も麻酔も、私の身体にちゃんと効くんだろうか? アルコールに強い人は麻酔が効きにくいと小耳に挟んだけれど(迷信? 全身麻酔の場合のみ?)、そういうことなら、日本酒の試飲で顔が真っ赤になってしまう私は大丈夫かなぁ──などなど、脳裏をよぎることはいろいろある。
先日、新刊の取材をしてくださった新聞記者さんが、第3子の出産が早く進みすぎて麻酔を打つのが間に合わず、分娩室に移動する途中の車椅子で赤ちゃんが出てきてしまった、という貴重な体験談を語ってくださった。「3人目はスピード出産になりますよ。だから辻堂さん、せっかくの無痛分娩に失敗しないよう、麻酔は早めに打ってもらったほうがいいです!」──ええっ、早めにって、どういうタイミングで……? 病院からもらったパンフレットを改めて読んでみると、『妊婦さんの希望するタイミングで麻酔を入れます』と書いてある。……つまり自己責任? 私がお医者さんに指示するの!? 無痛分娩をするのに適切なタイミングを、陣痛の進み具合を見極めつつ、麻酔が効くまでの所要時間も考慮に入れて!?
それって、なかなかのプレッシャーではないか。
3人目の出産も、案外、悠長に構えてはいられない。
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荻原 浩 × 辻堂ゆめ
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『二人目の私が夜歩く』。