第137回
森 絵都さん
『できない相談 piece of resistance』
書き手が思っていることと読み手が受け取ったことが一致しなくていいと思っているんです
森絵都さん


 いつも新作では何か新しいことに挑戦している森さん。昨年は初の近未来小説『カザアナ』を発表したが、その一方、ここ三年間続けていた挑戦がある。それは原稿用紙五枚の掌篇小説の連載。レジスタンスをテーマに書き続けた作品が、このたび『できない相談 piece of resistance』として一冊の本にまとまった。

原稿用紙五枚の掌篇連載

 普段特別気にしているわけではないけれど、言葉にされると「あるある」「わかるわかる」と思うことは多い。日常のなかで生じる、ささやかな反発心もそのひとつ。小さな、でも絶対に譲れない事柄についてのエピソード満載なのが、森絵都さんの新作短篇集『できない相談 piece of resistance』。原稿用紙五枚の長さの短篇が実に三十八篇。「webちくま」で二〇一六年から三年にわたって連載されたものだ。

 以前も、「短篇を書く力を鍛えたい」と、雑誌「オール讀物」で十年にわたって短篇作品を不定期掲載していた森さん。

「その時は二十~百枚くらいの長さのものを書いていました。それと以前、『ショート・トリップ』では三枚の掌篇を四十篇書いたんですよね。でも、五枚の短篇連載はやったことがなかった。それもあり、『webちくま』での連載のお話をいただいて、レジスタンスというテーマで短篇を書くことになった時、五枚という長さで書いていくことにしました」

 レジスタンスというテーマにしたのは、

「最初いろいろな案があったなかで、最終的に残ったのがそれでした。同じテーマで一話読みきりを長く続けていくとなった時、たぶん、当時の自分にとって、そのテーマならできるって感触があったんだと思います」

 収録順は連載時とは異なるが、最初と最後だけは同じで、夫婦の日常の話。最初の「2LDKの攻防」は一度文句を言われて以降、頑なに夫の書斎を掃除しない妻と、妻の下着を畳まない夫の話。最後の「電球を替えるのはあなた」は、トイレの電球が切れているのに、お互いに相手がやるものと思い、決して取り換えようとしない夫婦の話だ。滑稽で笑えるが、似たような状況に心当たりがある人は多いのでは。

「最初の掃除機の話は、うちのことそのままだなって思います。電球の話も近いものがある。家庭内のもめごとって結局、どちらが沢山負担しているかという、小さくてせこいことで生まれますよね(笑)」

森絵都さん


 どの話も身近に感じるが、毎回設定や語り口をかえて、どれも五枚の極上のショートストーリーに仕立てる技量はさすが。

「人が抱えているちょっとした抵抗感にはいろんなものがあると思いますが、それを書いただけでは五枚にはならない。ある程度のストーリー性をもたせた展開にするのが大変でした。それに、同じテーマで書いていると、構造や語り口を工夫しないとどうしても単調になってしまう。なるべくバラエティーをもたせるように考えました。最初は締切が近づくと案を練るという感じでしたが、だんだん気になったことをメモするようになったりして、ストックができていきました。最初の二年はきつかったけれど、三年目くらいからわりと自然と案が出てくるようになったんですよ。きっと自分のスタイルができてきたんでしょうね。三年目が一番充実していたかもしれません」

日常のなかの、ささやかな抵抗

 里親希望者に犬を譲らない理由、美容室のサービスでどうしても気になるところ、コンサート会場でカップルの男性側がどうしても彼女を許せなかったこと……。あなたは「そんなことを気にするのか」と思うか、それとも「自分と同じ」と思うか。いずれにせよ、物語のなかで、本人は真剣なのにどこか滑稽味がにじみ出る。

「人が何かにこだわっていじましく守っている姿って、微笑ましくもある。その一面を出せたらいいなと思いました。ただ、五枚だと、下手するとコントになってしまうんですよ。コントの台本のようにならないようには気をつけました」

 とはいえ、思わず笑ってしまうものも多い。たとえば「明らかに両手が塞がっているとき」という話の発端は、

「犬を二匹飼っている頃、散歩していると両手が塞がっているのにチラシを渡そうとする人っていたんですよね。ただ、小説ではそれを私の日常から切り離して、別の舞台をこしらえました」

 という結果、主人公はなんとしてでもチラシを受け取ろうとする女性に。両手が塞がっている時、それでもチラシを受け取ろうとした彼女がとった行動がとんでもないのだ。また、たとえば各地でファンに話しかけられる演歌歌手が出てくる「愛曽野椿子・四景」や、自分の偽サインが書かれた本を見つけた作家が策を講じる「ハードボイルド作家に鼠は似合わない」などは、最後の一言に噴き出してしまう。

 一方、これはひとつの問題提起になっている、と思わせる短篇もある。たとえば「書かされる立場」では、生徒たちが書いた読書感想文がいくつか登場。そこには安易に感想文を書かせる教師に対する反発が綴られたものも。森さん自身も、読書感想文について思うところがあるのでは……。

「本を読んでいる時、子どもっていろいろなことを感じているはず。それを急いで言葉にすることで、すごく小さなものにとどまってしまう気がしているんです。心にとどめておくことによってどんどん膨らんでいくものなのに、もったいない。あまりせかさないで、心にとどめさせてあげればいいのに、といつも思います」

実体験から着想を得たエピソードも

「さっさと忘れるしかないような一件」は、とんでもない勘違いをされて戸惑う女性の話だが、じつは森さんにも似た体験があったのだとか。こんなことが実際に起きて、誤解されたままなのは嫌だな……と思った時、タイトルの「さっさと忘れるしかない──」を見て、「確かにそうだ」と納得させられる。

「タイトルは結構考えました。こうしたモヤッとしたことは日々ありますよね(笑)」

 他に、「誰がために貴方は進化しつづけるのか」も森さんの体験から。女性が「テン」に語りかける内容で、〈貴方のご祖先はよく「フリーズ」をしました〉などの文章があるといえば、何のことかお分かりになるだろう。

 他には、気になる言葉についての話もいくつか。たとえば「押し売り無用」で取り上げられるのは、「勇気と感動」という言葉。確かにスポーツ競技などで、選手たちが「勇気と感動を与えたい」、観客たちが「勇気と感動をもらった」と言うのはよく耳にする。

「たぶん、選手は人のことを考えないで、自分のためだけにやっていいと思うんですよね。それを見て私たちは勝手に感動している、そのスタンスでいいと思う。でも、言わなきゃいけない空気があるんでしょうね」

 そこで連想するのが、読書において「共感」という言葉がよく使われること。「共感できなくてよく分からなかった」「共感できて面白かった」などと、昨今は共感できるかどうかが評価軸のひとつになっている印象があるが、森さんはどう思うか。

「私は書き手が思っていることと読み手が受け取ったことが一致しなくていいと思っているんです。作家が球を投げる時、相手のミットに収めようとして手加減してしまうことが一番の問題。お互いにキャッチボールしなければと思うと、書き手はどこかで受け取ってもらわなければと萎縮するし、それに、読者は受け止めなければその本を読んだことにならないのではないかと思うという、へんな縛りができてしまう。もっとお互いに自由でいいと思います」

 言葉に関しては、対で読みたくなる二篇もある。「ヒデちゃんの当たり棒」と「世界一平凡な説教」では、努力せずに成果を手に入れた時に人が言いがちな、あるいは言われがちな言葉が出てくる。その言葉に縛られた各登場人物たちが、その後どうなったのかが対照的。

「抵抗をおぼえながらも忘れられなくて、自分のひとつの芯になっている言葉ってありますよね。それはその後の人生で、呪縛にもなるし、支えにもなるかもしれませんね」

 創作時の意外なエピソードとしては、離婚が明かされる一篇(途中で明かされるので、ここにはどの話かは書かない)。

「実話ではないのに、webに掲載して半年くらい経った頃、母が血相を変えて〝あなた、離婚したの?〟って言ってきて(笑)。どうやらその話を読んで私のエッセイだと勘違いした人がネットに〝森さんが離婚した〟と書き込んでいたらしく、母はそれを読んで驚いたようなんです。ネットで娘の名前を検索したりするもんじゃないよ、と言っておきました(笑)」

自然と内なる抵抗の話が集まった

 主人公たちは、年齢もシチュエーションもそれぞれだ。

「単行本にまとめるにあたって、重複するかもしれないというものは省き、足りないと思う要素を入れた短篇を書き加え、バランスをとるようにしたんです」

森絵都さん


 他人からすればくだらないことでも、絶対に譲れないものはある。こうしてさまざまなエピソードを読むと、「それはもうしょうがないな」と思うものもあれば、「もうちょっと相手と話し合えないのか」と感じさせるものもある。一言でレジスタンスといっても、その在り方はさまざまなのだ。きっと読んだ人によって、どの話に親しみをおぼえ、どの話を他人事のように感じたかは異なるだろう。だから、読んだ人同士で感想を語り合うと、相手の意外な一面が見えてきて楽しいかもしれない。

「最初に書こうと思った時は、もうちょっとアクティブに行動する話になるかと思っていたんです。でも書き終えてみると、意外と内面的な、内なる抵抗という話が多かったですね」

 それはきっと、声に出して反対するほど大きなことではないけれど、個人的にどうしても気になるものを絶妙に掬い上げているから。だからこそ改めて気づかされることが多い。本書を読みながら、自分にとって譲れないもの、抵抗したいものを思い出したり新たに発見したりする人も多いはずだ。

 五枚の掌編という挑戦を形にさせた今、新たに考えていることは何か。

「今は、ちょっと続けて子どもの本をやっています。幼年童話とか、言葉をテーマにした短篇とか。子ども向けの本って、ものすごく時間がかかるので、ゆっくりやっていくつもりです。同時に、新たな長篇に向けても準備中です」

 


できない相談 piece of resistance

筑摩書房 本体1600円+税


 

森 絵都(もり・えと)

1968年生まれ。90年、『リズム』で第31回講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。95年『宇宙のみなしご』で野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、98年『アーモンド入りチョコレートのワルツ』で第20回路傍の石文学賞、『つきのふね』で第36回野間児童文芸賞、99年『カラフル』で第46回産経児童出版文化賞、2003年『DIVE!!』で第52回小学館児童出版文化賞、06年『風に舞いあがるビニールシート』で第135回直木賞、17年『みかづき』で第12回中央公論文芸賞を受賞と、数多くの文学賞を受賞している。他の著書に『いつかパラソルの下で』『クラスメイツ』『出会いなおし』『カザアナ』など多数。

〈「きらら」2020年2月号掲載〉