★編集Mの文庫スペシャリテ★『ルパンの娘』横関 大さん

著者近影(写真)
横関大さん

結婚相手は選べるけれど、家族は選べないんです。

「現代日本版『ロミオとジュリエット』」の呼び声が高い、乱歩賞作家・横関大の『ルパンの娘』が深田恭子主演で連続テレビドラマ化される(七月十一日スタート、フジテレビ系)。原作本は六月末現在、十七万部を突破した。四年ぶりとなる続編『ルパンの帰還』を完成させたばかりの作家に、本シリーズへの思いを聞いた。

 一昨年八月に刊行された『ルパンの娘』の文庫版が、突然増刷を重ね始めたのは昨年末のことだった。書店員の間で作品の魅力が広まり、全国各地で同時多発的にフェアが開催された結果、読者が素早く反応したのだ。そしてこの春、衝撃の新情報が発表された。「深田恭子主演で連続テレビドラマ化決定」。現在、ベストセラー街道を驀進中だ。

「毎作品そうなんですが、書き終わった時に〝面白い作品を書いたな!〟と自分では思うんですよ(笑)。だから〝あれっ、何で売れないのかな?〟と、頭をひねる日々が続いていました。ようやく発見していただけた感じがします」

 作家生活十年目のブレイクが、第八作『ルパンの娘』(単行本は二〇一五年八月刊)だったのは必然かもしれない。本作は、横関作品の中でもとびきりポップなのだ。

「泥棒一家の娘と警察一家の息子が結婚する話はどうだろう、とふと思いついたんです。編集者に話したら、〝次はそれで行きましょう!〟と即決でした。そんなの面白いに決まってるじゃん、ってことだったと思うんですよ。『ロミオとジュリエット』形式の報われない恋の話って、誰しも惹かれるものじゃないですか。泥棒の娘と警官の息子って、明らかに報われなさそうですよね。いろんな葛藤だとか面白くなりそうなシチュエーションが自然と思い浮かぶ、設定の〝引き〟の強さを評価していただいたんです」

デビュー作は羽織袴で正座  『ルパンの娘』はカジュアル

 図書館員として働く三雲華が、交際一年の恋人・桜庭和馬に連れられて、墨田区にある彼の実家へ初めてお邪魔しようとしている場面から物語は始まる。華はこの時初めて、「公務員」だと言っていた彼の詳しい職業が警察官だったことを知る。「家族全員が警察官なんだ」。なんと飼い犬までもが元警察犬(!)だった。一連の顔合わせが終わった後、ひとりになった華は大きな溜め息をついてしみじみ思う。〈釣り合いがとれるとれない以前の問題だ。父の尊、母の悦子、祖父の巌に祖母のマツ、そして兄の渉。三雲家は全員が泥棒なのだ〉──。とびきりキャッチーなファーストシーンだ。

「相手の家族の素性について、気づきそうで気づかない、というすれ違いの演出で途中まで引っ張っていくのもアリかなと思ったんです。ただ、カップルの片方が相手の家族のことを知ってしまった時からスタートさせたほうが、のちの展開もスピーディにいくんじゃないかな、と」

 警察一家は、何か問題が起こった時は捜査会議ならぬ家族会議で決めて、泥棒一家は、日々の食事からペットまでをも盗難によって調達する。この家族、この人間関係だから起こりうるユーモラスな展開を、あますことなくピックアップしながら物語は進んでいく。

「『ルパン』の特徴は、メインのキャラクターが多いことなんですよ。両家におじいちゃんとおばあちゃん、父母や兄弟がいて、華と和馬がいる。それぞれに個性があるので、キャラの組み合わせによっていろんな事件が起こるし、面白いシーンが作れるんです。ドラマ化にあたっては、キャラの多さが問題になったぐらいです。キャスティングは予算的に無理があったから、一人二人は亡くなったことになっています(笑)」

 一方で、江戸川の河川敷で見つかった奇妙な死体は、物語に「謎」を呼び込む。

「ベースはあくまでもミステリーです。ミステリーが一番、いろんなことができるジャンルだと思っているんですよ。読者を驚かせることもできるし、笑わせることもできるし、悲しませることもできる」

横関大さん

 もともと横関氏は二〇一〇年に『再会』で第五十六回江戸川乱歩賞を受賞後、社会派の構築性の高いミステリー作家としてキャリアを積んできた。そのため、それまでの作品では事前に詳細な物語の設計図を作っていたのだが、その作業を本作ではやめたという。

「今回はコメディの要素が高くなる、会話のやり取りを楽しんでもらう小説になるだろうと最初から想像していました。決め事はできるだけなくしアドリブ的に書いていったほうが、キャラたちが勝手に動いてくれるんじゃないかと思ったんです。そういう書き方をしたのは『ルパンの娘』が初めてでした。例えばデビュー作の『再会』は〝羽織袴で正座〟という感じがするんですよ。それに比べて『ルパンの娘』は、すごくカジュアル。肩肘を張らず、自分が面白いと思う感覚に対して素直に書いていったんです」

結婚する相手は選べる、相手の家族は選べない

 主人公=視点人物である華は、泥棒一家に生まれながらも犯罪には手を染めず、真っ当に働いている。華を「普通人」に設定しておいたことが、この作品が多くの人に受け入れられた理由かもしれない、と作家は言う。

「華と、それから和馬も普通の常識人にすることで、両家の家族の個性が際立つんじゃないかなという判断でした。その結果、主人公たちが自分と近い存在であると感じられて、彼らに降りかかる困難に対しても〝私だったらイヤだな〟〝俺だったらこうするな〟と、共感しながら読んでもらえたようなんです」

 だからこそ、華のこんなモノローグが胸に響くのだ。〈なぜ私はこんな家庭に生まれてきてしまったのか。(中略)普通の家庭に育ちたかった。平凡な家庭に生まれたかった〉。この悲しみは、家族について悩んだことのある人なら、誰もが胸に抱いたことのあるものだろう。

「自分が生まれてくる家は選べないし、家族も選べません。でも、結婚って、家族を自分で選べる制度だと思うんですよ。ところが結婚相手は選べるんだけど、結婚相手の家族はやっぱり選べないんです。最初のイメージでは、そこまで深く書くつもりはなかったんですよ。書きながら華と一緒に悩んで、和馬と一緒に葛藤していくうちに、家族というテーマがどんどん浮かび上がってきたんです」

 ぶっ飛んだ設定を採用した物語だが、描かれている感情はリアル。読み心地は軽やかでありながら、心に残るものは深い。そのバランスが、多くの読者を引き付けたのだ。

泥棒と警察の家系に探偵の家系をプラス

 この七月、待望の続編『ルパンの帰還』が刊行された。とびきりチャーミングな大団円で幕を下ろした、前作の数年後のお話だ。作家にとって初めてのシリーズもの、初めての続編ということもあり、執筆は当初難航したという。

「キャラクターたちの数年後の姿を描くだけでは、物足りなかったんです。新しいキャラクターを出そう、もうひと家族出そうと思いついたところから、構想が進んでいきました」

 その人物は、日本を代表する探偵一家「北条家」に生まれながら、新米刑事となった美雲だ。和馬と組んでさまざまな事件の解決に臨む過程で、前作に登場した面々が再登場し……。物語は終盤、スケールが急拡大する。

「ニューヒロインを出すことプラス、本当の敵を出そうと決めたんです。ダース・ベイダーの登場ですね」

 実は、本作はさらなる続編へと繋がる「フリ」だ。九月にシリーズ第三弾『ホームズの娘』が刊行される。

「今回の続編は『ロミオとジュリエット』の要素が薄いんですが、次はそこを全開にして書いています。ダース・ベイダーとの戦いも本格化する、シリーズとしてうねりのある非常に面白いものが書けました。『ルパンの娘』は自分を自由にさせてくれたという意味でも、作家としてターニングポイントになった作品です。ただ、一番最初に申し上げた通り、他の作品も結構面白いんです(笑)。この一冊をきっかけに、別の作品も手に取ってくださったら嬉しいですね」

ルパンの娘_書影
講談社文庫
 
横関 大(よこぜき・だい)

1975年静岡県生まれ。2010年『再会』で第56回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。他の作品に『グッバイ・ヒーロー』『チェインギャングは忘れない』『ピエロがいる街』など。

〈「きらら」2019年8月号掲載〉
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