「推してけ! 推してけ!」第43回 ◆『戦国女刑事』(横関大・著)

「推してけ! 推してけ!」第43回 ◆『戦国女刑事』(横関大・著)

評者=細谷正充 
(文芸評論家)

とんでもないミステリー


 とんでもないミステリーを読んでしまった。横関大の最新刊『戦国女刑事』のことである。何が、とんでもないのか。一言で説明するのは難しいので、まず粗筋を書いておこう。

 私たちの知っている現実とは、ちょっとだけ違っている世界。警察は女社会であり、女尊男卑の風潮が強い。しかも警視庁刑事部捜査一課の第五係は曲者揃いだ。係長は〝尾張の大うつけ〟と呼ばれる織田信子。強烈なカリスマを持ち、違法な潜入捜査も辞さない。部下は、班の番頭格の柴田勝代、人たらしの木下秀美(信子は猿と呼んでいる)、理論派の明智光葉、アイドル並みのルックスの森蘭。そんな五班に、地道な行動を得意とする徳川康子が加わった。さっそく起きた殺人事件の捜査に駆り出された康子は、個性的な面々に驚きながら、捜査を進めていく。

 という粗筋から分かるように、本書の登場人物は主に戦国武将が元ネタになっている。第一係の今川義乃、第二係の上杉謙子と、各係の刑事たちも同様だ。それどころか、監察医は金髪のザビエル静子、康子の警察学校の同期は本多忠夜と服部蔵美というし、信子の弟でピアニストの浅井市太郎はファンから〝お市様〟と呼ばれている。元ネタの人物のエピソードを生かしたギャグや、史実を踏まえた人間関係などもあり、戦国時代の知識がある人なら、終始、クスクス笑いながら読めるだろう。まったくもって、奇天烈な作品なのだ。

 しかも、全五話で構成されている本書は、倒叙物であるのだ。ちなみに倒叙物とは、ミステリーの形式のひとつである。冒頭から犯人を明らかにしており、犯罪計画がどのように暴かれるのかが、興味の中心となることが多い。テレビドラマの『刑事コロンボ』や『古畑任三郎』を想起してもらえば、分かりやすいだろう(本作には『刑事コロンボ』を意識したと思われる部分が幾つかある)。

 ただし倒叙物といっても、いろいろな工夫が凝らされている。まず第一話「桶狭間に散る」。なんと冒頭で明らかになる殺人犯は、第一係長の今川義乃なのだ。元部下で情報屋の太原雪代(この名前だけで笑ってしまう)を殺した彼女は、策を弄してアリバイを作る。このアリバイは描写されていない。読者は犯人が分かっているがゆえに、アリバイの方法に強烈な興味を惹かれてしまうのである。

 さらに第二話「姉川の失恋」は、姉川フィルハーモニー楽団の五月公演で、観客が見守る中、指揮者の朝倉景子が死亡。やはり冒頭に犯人の描写があるが、作者は倒叙物の形式を捻り、意外な真相を明らかにする。しかも元ネタとなった戦国武将たちの存在そのものが、真相から読者の目を逸らす役割を果たしているではないか。戦国時代の知識がある人ほど、驚きが大きいはずだ。色物のような設定だが、ミステリーの部分は実に緻密なのである。同様の面白さを、第三話「竜虎、相搏つ」、第四話「本願寺一族の野望」でも堪能できた。

 このような感じで第五係が事件を解決するのだが、それに比例するように警視庁刑事部捜査第一課はボロボロになっていく。そして第五話「本能寺殺人事件」は、タイトルから察せられるように、犯人があの人で、被害者があの人である。ところが死体の状況は、犯人ですら首をかしげるものであった。おまけに各話を貫く、驚愕の真相も暴かれる。なるほど、普通の警察小説でこれをやったら、リアリティがないといわれることだろう。しかし〝戦国女刑事〟が当たり前にいる世界で、織田信子の破天荒なパワーを見せつけられたら、すんなりと納得できる。この世界だからこそ成立する、唯一無二のミステリー。やはり本書は、とんでもない作品である。

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戦国女刑事

『戦国女刑事』
著/横関 大


細谷正充(ほそや・まさみつ)
1963年、埼玉県生まれ。歴史時代小説・ミステリを中心に評論・解説に携わっている。また、アンソロジーの編者としても活躍中。編著作品に『あなたの涙は蜜の味』『ぬくもり 〈動物〉時代小説傑作選』などがある。

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