岡崎琢磨さん『さよなら僕らのスツールハウス』

連載回数
第142回

著者名
岡崎琢磨さん

3行アオリ
青春は必ず終わる。
それは僕に根ざしている体感です。

著者近影(写真)
岡崎琢磨さん

イントロ

デビュー作『珈琲店タレーランの事件簿』で一躍、ミステリ界の注目作家となった岡崎琢磨さん。同作はシリーズとして第5巻まで発売されており、若い読者から大きな支持を集めています。一般文芸のノンシリーズ作品も精力的に発表されるなか、最新刊『さよなら僕らのスツールハウス』が出ました。あるシェアハウスに暮らす住人たちの青春を切り取った、ミステリ連作集です。幕張蔦屋書店の後藤美由紀さんと明正堂アトレ上野店の増山明子さんが、本作にこめられた思いを岡崎さんから聞きました。

デビュー直後の自分の意気ごみが表れた作品

 

岡崎……『さよなら僕らのスツールハウス』の1話目を書き出したのは、2013年の夏ごろです。当時、ドラマ『シェアハウスの恋人』が放送されていたり、シェアハウスのライフスタイルがブームになっていました。僕自身、憧れのようなものがあります。その気持ちをこめて、シェアハウスで暮らす人たちと、彼らが出て行った後の物語を書いてみようと思いました。

後藤……私は1話目から、ぐっと引きこまれました。2話目以降も、登場人物たちがそれぞれのアイデンティティを探していく過程に、入りこめました。4話目で、スツールハウスの長年の主だった素子さんが、作家になって登場されます。これはもしかして岡崎さんご自身がモデル? と、想像してしまいました。今日「実は女性でした」とカミングアウトされたらどうしようと、ひそかに身構えていました。

岡崎……(笑)すみません。いらないご心配をかけました。

後藤……いえいえ、そんな。こちらの想像と、現実がごっちゃになるぐらい、引きこまれる小説でした。読んでいて、スツールハウスで実際に仲間たちと、青春を過ごしているような気持ちにもなりました。自分にはなかった時間を経験できるのは、小説の素敵なところだと、あらためて認識しました。

増山……1話目の、木田くんの元恋人へのメッセージの送り方は、素敵でしたね。一緒に過ごした同士にだけわかるサインで、思いを伝えるのって、すごくキュンときます。2話目以降は主人公と時系列が替わり、気持ちを切り替えて読んでいけました。また別々のエピソードで、素子さんのほか登場人物たちが再登場したり、読んでいる側が心地よく振り回されました。本当に面白かったです。

岡崎……ありがとうございます。僕の書いてきたもののなかでは珍しく、1話ごとに主人公が替わる構成にしました。視点もくっきり切り替えることを意識して、2話目から全然違うテイストの話を、楽しみながら書いていけたと思います。全話ともタイプの違う、割と自由度の高い作品になりました。

 書き出した2013年ごろは作家デビューした直後で、まだ他の作品を出していませんでした。いろんなことに挑戦したい、新人だった自分の意気込みが、いい方に表れたのでしょう。

 

憧れをこめた物語は北村薫ワールドの影響

 

後藤……収録されている5話とも、ミステリとしての完成度も高いです。事件のきっかけになった人々の動機の部分が、憎しみや妬みではないのは、とてもいいと思いました。

増山……こうあってほしいとか、こう繋がりたかったとか、人の等身大の寂しさや愛おしさが根底となっていて、胸に迫ります。岡崎さんの小説は、みんなそうですね。

岡崎……僕は日常で見逃してしまいそうな、小さな心の動きを小説に留めることを、特に意識している気がします。何気ない理由で謎めいた出来事を引き起こしてしまう、普通の人々の姿を書いています。激しい感情の動機づけや、ドラマチックな展開は作品づくりには効果的なのでしょうが、リアルに読者の方に共感できるものを残していきたいと考えています。

後藤……読書歴から、そういう作品がお好きになったのですか?

岡崎……やはり北村薫さんの影響が大きいと思います。北村さんの作品はすべて、日常を尊いものとして扱っています。ああいう雰囲気の小説に、ずっと憧れています。北村さんの世界観が、僕の根底にあるのは、たしかでしょう。

 例えば北村さんの小説『八月の六日間』は、登山が題材になっています。すごくいい小説なんですが、北村さんご自身は登山をなさらないそうです。それを知って、やっぱりなと思いました。何というか、実際の経験者だったら、こういう話にはならないんじゃないのかなと感じていました。『八月の六日間』は、北村さんの登山に対する憧れを描いた作品だと、僕は解釈しています。それと今回のスツールハウスは、まったく同じです。先にも述べたように、シェアハウスに僕は憧れがあります。外にいる立場から見た、ひとつ屋根の下で繰り広げられる青春の羨ましさを、そのまま物語にしています。シェアハウスに暮らした本当の経験があれば、もっと人間関係がギスギスした、憧れる要素のない話になったかもしれません。

後藤……なるほど。北村薫作品がベースだったのですね。

増山……一人称の3話目『陰の花』は、私の特に好きな一編なのですが、北村さんのご影響と聞いて、いろいろ腑に落ちました。

岡崎……『陰の花』を書いた当時は、すごく手ごたえがあって、ひとつ成長できたなと思える短編でした。主人公の白石くんの気持ちを深く表現するには、一人称で書く必然性があり、最後の告白の部分は、うまくいったと感じています。

 

青春への埋められない気持ちを明確に描けた

 

きらら……作家で成功した素子とスツールハウスの行く末は、非常に余韻のあるものになっています。この結末は想定されていたのですか?

岡崎……そうですね。素子が独り立ちをして、スツールハウスが、ああいった結末を迎えるのは、僕のなかでは早い段階で決まっていました。スツールハウスは、青春を閉じこめた場所です。いつまでも「変わらずに残す」という選択は、考えられませんでした。青春は必ず終わる。それは僕に根ざしている体感です。

 版元の角川書店さんでは、前に『季節はうつる、メリーゴーランドのように』を出しました。あの作品も青春の終わりをテーマにしています。青春に対する憧憬と、もう戻ってこない寂しさみたいなものが、僕の人生において割と大きなウェイトを占めています。その何ともいえない、気持ちの埋められなさを、角川書店さんの小説で2冊続けて、明確に描けたと思います。

増山……青春はすぐに終わるけれど、スツールハウスの住人たちのほとんどは、ハウスを出た後、幸せな人生を送っていることに救われます。

岡崎……素子をはじめ、元住人たちはスツールハウスに住んでいたころよりも、みんな前を向いて歩いて行ける未来になるよう描きました。2話目の登場人物たちは、ある事情で全員が一緒に集まれなくなっています。でも、もう一度きちんと集まって、和解できたんじゃないかと思わせる描写を、さりげなく入れています。3話目の『陰の花』の主人公ふたりも、その後を想起させるシーンを描いています。現実はいろいろ難しいけれど、やっぱり住人たちはポジティブに前へ進んで行くのが、この小説のテーマに合っていると思いました。

後藤……元の仲間たちが、大人になったら簡単には集まれないというのは、リアルでした。だけど結局、みんなどこかで繋がっていて、集まるように描いてくださったのは嬉しかったです。

岡崎……その辺りのバランスは、どの小説でも気をつけています。昔の仲間が元通りに集まって、めでたしめでたしという展開はリアルじゃない。元通りはいいんだけど、そのまま表現すると白けてしまう。安直に描かないで、読者の方に想像してもらう余地を残すよう、描き方に気をつけています。

 僕は、希望にも絶望にも振り切り過ぎない小説を書きたい。ハッピーエンドでもバッドエンドでもいいのですが、ボールが一直線にラストへ行くのではなく、予想する方向とは違う行き先を、思いがけないところで提示できるのが、小説の面白みだと思うし、僕がプロの作家としてやっていきたいのは、そういう物語なのです。

 

傑作でなくても心に残る小説を目指している

 

岡崎……僕の小説は、ライト文芸のジャンルに分けられていて、主に10~20代くらいの若い人たちに支持をいただけました。『さよなら僕らのスツールハウス』は、もちろん若い人たちに気持ちよく読んでもらえます。そして年長の方にも、楽しめる作品になったと思います。これまで以上に、新しい読者の方に僕の小説と出合ってもらえるのを、期待しています。

後藤……私たちも宣伝します。でも、岡崎さんの小説は「こういう話です」とお客さんに説明するのが、本当に難しいです。心にしみる物語ほど、ひと言では表現できません。

増山……本当に面白い! 頼むから読んで! としか、言えないんですよね。

岡崎……すごく嬉しいご感想です。ひと言で説明できる小説は、簡単に忘れちゃうと思います。僕は、ものすごく傑作だね! と手放しで絶賛されるわけではないけれど、どこかで何か引っかかる、ずっと心に残る小説を、常に目指しています。わかりやすく要約されない、単純に感動した! だけで締めくくれないような話を、これからも書いていきたいと思います。

 僕の場合『珈琲店タレーランの事件簿』シリーズが、思いのほか売れてしまったことで、良くも悪くも、わかりやすい話を書く作家というイメージを持たれています。たぶん今作も、大人の読者のなかには、僕の小説というだけで敬遠される方がいるかもしれません。だけど、「それでも読んでみてください!」という気持ちがあります。

後藤……個人的には『さよなら僕らのスツールハウス』の広報で、『珈琲店タレーランの事件簿』のタイトルを出したくないですね。

増山……私も同じ気持ちでいます。

岡崎……おふたりにそう言っていただけるのは、本当にありがたいです。変にカテゴライズされないで、多くの読者の手に届いてほしい。僕の小説はこれまで全部、実はわかりやすいタイプの話は、ひとつもありません。メジャーになった『タレーラン』の先入観を持たずに、とにかく読んでほしい! と、重ねてお願いします。

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岡崎さんコメント

岡崎琢磨(おかざき・たくま)
著者プロフィール

1986年福岡県生まれ。京都大学法学部卒業。2012年、第10回『このミステリーがすごい!』大賞隠し玉として、『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』でデビュー。翌年、同作で第1回京都本大賞を受賞。ほかの著作に『季節はうつる、メリーゴーランドのように』『道然寺さんの双子探偵』『新米ベルガールの事件録 チェックインは謎のにおい』『病弱探偵 謎は彼女の特効薬』なとがある。

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