青崎有吾さん『地雷グリコ』*PickUPインタビュー*

青崎有吾さん『地雷グリコ』*PickUPインタビュー*

オリジナルゲームを小説として描く

 ロジカルに構築された本格ミステリを得意とする青崎有吾さんが、新作『地雷グリコ』で描くのは本格頭脳バトル。ちゃらんぽらん系高校生・射守矢真兎が、グリコやジャンケンなどに独自ルールを付加したオリジナルゲームに挑んでいく連作集だ。もともとオリジナルゲームを考えるのが好きだったという青崎さん。そのきっかけはというと……。
取材・文=瀧井朝世 撮影=浅野剛

主人公は頭脳バトルに異様に強い女子高校生

 多くの人が興じた経験のあるシンプルな遊びが、独自ルールを加えるだけでこんなにもスリリングなオリジナルゲームになるとは驚きだ。ユーモアたっぷりに頭脳戦の面白さを存分に味わわせるのが、青崎有吾さんの『地雷グリコ』の全五篇である。

「もともと自分の好きなもののひとつに、福本伸行先生の『賭博黙示録カイジ』のような、オリジナルゲームが出てくるギャンブル系の漫画があります。ロジックで詰めていくカタルシスみたいなものは、ミステリ小説やミステリ漫画よりも、ギャンブル漫画を読んだ時のほうが強く感じているかもしれません。中学生くらいからそうした作品にハマって、自分でもオリジナルゲームを考えるようになりました。それで、いつか小説で書いてみたいという気持ちがありました」

 第一話は表題作でもある「地雷グリコ」だ。西東京の頬白高校に通う射守矢真兎は亜麻色のロングヘアにぶかぶかのカーディガン、外見も言動も一見ちゃらんぽらん系に見える一年生。しかし勝負事に強い彼女は、同級生の鉱田ちゃんに頼まれ、文化祭の場所取りをめぐって生徒会と対決する。勝負として審判役が提案したのは階段を使った遊び、グリコだ。しかしただのグリコではない。相手が地雷を仕込んだ段で止まると、ペナルティとして十段下がらなければならないという独自ルールが加わっている。どこに地雷を仕掛けるかは、「グリコ」「パイナツプル」「チヨコレイト」のどれも文字数が三の倍数であることが重要なポイント。しかし対戦相手の生徒会役員、椚迅人も相当な切れ者で……。

「じつはこれは、単発の短篇のつもりで書きました。学園もののアンソロジーの企画に参加することになり、青春小説系の短篇が並ぶ中にゲームの話があればアクセントになるかなと考えたんです。それで書き上げて雑誌に掲載したのですが、その後アンソロジーの企画が流れてしまって。一篇だけ宙ぶらりんの状態でいたところ、〝続きを書いてください〟と依頼がありました。そう言われて最初は困ったんです。だって最初の話で生徒会役員と戦わせてしまいましたが、学園の中で生徒会より手ごわい敵ってなかなかいませんから(笑)」

青崎有吾さん

 ご本人は単発のつもりだったかもしれないが、読めば続篇を期待するに決まっている。勝負の行方もスリリング、キャラクターも魅力たっぷりで、もっともっと読みたくなるのだ。

「読み切りの短篇の登場人物のつもりだったので、射守矢さんのキャラクターもあまり深く考えず、強い対戦相手とのギャップを狙ってちゃらんぽらんな感じにしたんです。二話目からコアとなる部分を作っていきましたが、ただ、一話目から設定としてあったのは、相手の性格や環境に合わせて戦略をカスタマイズするタイプということです。彼女にとっては相手に〝こいつには勝てる〟と思わせることも大事なので、だからヘラヘラしているんでしょうね」

 ゲーム開始の前、真兎は必ず審判にいくつかルール確認をする。つまらない質問のようでいて、後から重要な意味があったと分かる瞬間がたまらない。

「でも、射守矢さんの戦略が毎回最適解になるわけではないですよね。たぶん、すごくゲームに慣れた読者が考えれば、もっといろんな戦略や必勝法、思わぬ穴が出てくると思います。射守矢さんが見つけていない部分を見つけにいくのも楽しみ方のひとつかもしれません」

 鉱田ちゃんは真兎とは中学時代からの友人で、この二人の友情と信頼関係にも心くすぐられるものがある。

「ホームズに対するワトソンのように、一般人目線でゲームを見る人間が必要なので登場させました。でも、自分では意識していませんでしたが、一話目で射守矢さんが〝鉱田ちゃんのためなら勝ちます〟と言っているんですよね。鉱田ちゃんのことが大好きだ、という設定は最初からあ りました 」

 雑誌掲載時に評判がよかったのは、生真面目な対戦相手、椚先輩。第二話以降、彼は射守矢たちの味方となって登場する。

「ライバルだった人と協力関係になる、というのは自分の中では珍しいパターンです。雑誌に掲載した『地雷グリコ』を読んでくださった人たちが、〝椚先輩がいいキャラクター〟みたいなことをつぶやいていたんです。それを見ていたので、リクエストに応える形で再登場させました」

著者が考案したオリジナルゲームの数々

 二話目以降もオリジナルのゲームが登場する。第二話「坊主衰弱」で真兎は、かるた部の部員たちのために〈かるたカフェ〉の店長と百人一首の絵札を使った神経衰弱で勝負することになる。

「坊主衰弱は自分の中にゲームのストックとしてあったので、ルールを微調整した程度です。これはイカサマ合戦という全五話の中でも特殊な話になっていますが、じつはリスペクト元があります。福本伸行先生の『銀と金』の中に、店のカウンターを利用してイカサマを仕掛ける相手と勝負する〈ポーカー編〉というのがあるんです。それをイメージしていました」

 第三話「自由律ジャンケン」では、真兎の評判を耳にした生徒会長の佐分利が、彼女を生徒会に入れるため変則的なジャンケンでの勝負を申し出る。審判にそれぞれがオリジナルの手と効果をひとつずつ伝え(対戦相手には教えない)、五種類の手で七番勝負をする、というものだ。

「最初は1ターン毎にハウスルールが増えていく大富豪で勝負させるつもりでしたが、複雑になりすぎてボツに。似た趣向を考え、ジャンケンに独自のルールを付け足すゲームにしました」

 この話では椚先輩ですら警戒する生徒会長、佐分利のキャラクターがとにかく強烈。おそろしいほど頭脳明晰で、唯我独尊タイプなのだ。

「生徒会長は外連味のある人にしたかった。本当に、一話目で椚を生徒会長にしておかなくてよかったです(笑)。ピアスの形や口調など、迫稔雄先生の『嘘喰い』という漫画に登場するあるキャラクターをイメージした部分もあります。『地雷グリコ』の作中にはいくつか、『嘘喰い』を読んでいる人にだけ分かるポイントを自覚的に散りばめています」

青崎有吾さん

 青崎さんがギャンブル&バトルアクション系の漫画の中でもとりわけ好きなのが、この『嘘喰い』なのだとか。

「ものすごく緻密に組まれている作品です。『アンデッドガール・マーダーファルス』シリーズではバディシステムの部分、『地雷グリコ』ではゲームの部分において、『嘘喰い』からはかなり影響を受けています」

 この第三話で、真兎と鉱田ちゃんには中学生時代、雨季田絵空という同級生がいたことが明かされる。全国区のトップ校に進学した絵空に対して、真兎はなにかわだかまりを抱いている様子だ。

 ちなみに絵空の進学した星越高校は校風やカリキュラムに関して情報があまり公開されておらず、長野の夕霧女学院、鹿児島の黒鯨塾と並んで〝日本三大不可侵校〟と呼ばれている、という設定。

「ずっと前から〝日本三大不可侵校〟の設定は頭の中にあり、タイミングが合えば何かのシリーズに出すつもりでした。星越高校を舞台にして一作書こうかなとも思っていたんですが、今回のタイミングではじめて出すことになりました。星越高校内では奨学金に換金できるSチップというものが流通している、という設定も以前から頭にありました」

 学校外に流出したSチップを賭けて、第四話「だるまさんがかぞえた」で真兎は星越高校の生徒たちと対決することに。タイトルから分かる通り、臨むゲームは〈だるまさんがころんだ〉をアレンジしたものだ。

「少し前に『イカゲーム』というドラマが話題になって、僕も一気見しました。サスペンスとしてはとても面白かったけど、ゲームものとしては物足りない部分もあった。『イカゲーム』でも最初のゲームが〈だるまさんがころんだ〉でしたが、このルールならもっといろんな行動が取れるのでは……と考えてしまい。自分流の〈だるまさんがころんだ〉をやりたいな、という勢いで考えたのがこのゲームでした」

〈だるまさんがかぞえた〉では、〈標的〉の歩数と〈暗殺者〉の掛け声の文字数についてのかなり厳しい制約があり、どうすれば勝てるのかまったく予想がつかないが、これもまた膝を打つ展開に。

 第五話「フォールーム・ポーカー」で真兎はいよいよ絵空と対面する。対戦の内容は、四つの部屋を使った変則的なポーカー。

「『嘘喰い』へのリスペクトが一番表れているのがこの話ですね。あの漫画を読んだ人なら全員分かると思いますが、『嘘喰い』には〈エアポーカー〉というゲームが登場するんです。これがベストゲームだと言う人も多く、自分も最終決戦はポーカーをやりたいなと思っていました。結果的にこの最終話が一番長くなりました」

 個人的な目的を持って対決に臨む真兎だが、驚異的な頭脳の持ち主である絵空はとんでもなく手ごわくて……。

ゲームを作ること自体は難しくない

 どのゲームもポピュラーな遊びがベースになっており、内容が理解しやすいのが魅力だ。

「シンプルな遊びに独自ルールを加えるというのはギャンブル漫画ではよくあることで、『カイジ』でも〈限定ジャンケン〉というギャンブルが有名だったりします。自分もそれを踏襲しています」

青崎有吾さん

 それにしてもここまでユニークな独自ルールを生み出す著者の頭脳に感嘆してしまうが、ゲームを考えること自体はそれほど大変ではない、と青崎さん。

「暇さえあれば考えてきましたから。どの話も毎回、ある程度簡単なゲームルールを決めてから、そのルール内で何ができるのか考えていきました。うまくいかなければルールを変えるかゲーム自体を変えていく。なのでボツにしたゲームもあります」

 むしろ大変だったのは、ゲームの流れを小説としてどう楽しませるかだった。

「ただ逆転するという流れだけでなく、そこまでの攻防と、絶対に相手側が有利に見える状況を作るのが難しかったです。それと、小説にする上で一番気を使ったのは誰の視点で書くかということ。鉱田さんの視点か、審判の視点か、射守矢さんの視点か、相手の視点か。ゲームの流れ上、敵が考えていることを読者に伝えないといけなかったりもするので、毎回結構悩みました」

 読者もゲームの形勢が細かく把握できるのは、その工夫があってこそ。また、図版も多数掲載されているので、さらに理解しやすくなっている。

 鮎川哲也賞を受賞したデビュー作『体育館の殺人』の頃から、青崎作品はロジックの面白さを楽しく分かりやすく伝えてくれている、という印象がある。

「もともと論理だっているものが好きです。ミステリ作家になったのもそこが大きかったし、パズラー系の本格ミステリを書きたくて鮎川哲也賞に応募しました。『地雷グリコ』の概略を見て〝こんなのミステリじゃないだろう〟と思う人もいるかもしれませんが、そういう人にも読んでもらって、〝これこそ本格ミステリだ〟と思ってもらえたら」

 そして、そういう人も、読めばきっとシリーズ化を期待するはず。

「続きを書きたい気持ちはあります。たぶん射守矢さんが大人になって、もう少し大きなものを賭ける話になると思います。ゲームの設定はいろいろ頭にあるんですが、それをお話に仕立て上げられるかどうかが難しいところです」

 というから、楽しみに待ちたい。

地雷グリコ

『地雷グリコ』
青崎有吾=著
KADOKAWA

青崎有吾(あおさき・ゆうご)
1991年神奈川県生まれ。明治大学文学部卒業。2012年『体育館の殺人』で鮎川哲也賞を受賞し、デビュー。著書に『風ヶ丘五十円玉祭りの謎』『ノッキンオン・ロックドドア』『アンデッドガール・マーダーファルス』『早朝始発の殺風景』『11文字の檻 青崎有吾短編集成』など。


むちゃぶり御免!書店員リレーコラム*第16回
連載[担当編集者だけが知っている名作・作家秘話] 第14話 伊集院静さんと松井秀喜さん