斜線堂有紀『愛じゃないならこれは何』

恋は「殉ずる」の一択

斜線堂有紀『愛じゃないならこれは何』

 二〇二〇年八月に刊行した特殊設定ミステリ『楽園とは探偵の不在なり』が第二一回本格ミステリ大賞の候補となり、斜線堂有紀は一躍、「本格」シーン最注目の存在となった。ところが、最新刊『愛じゃないならこれは何』は自身初となる非ミステリの短編集だ。その代わり──自身初の「本格」恋愛小説である。


解決し得ない難問の落とし所を見つける

 新人賞を受賞したライトノベル・レーベルから刊行した『恋に至る病』や、百合文芸に初挑戦した『コールミー・バイ・ノーネーム』など、斜線堂有紀はこれまでも、登場人物間の恋愛を主軸に据えたミステリを書き継いできた。その執筆経験があったからこそ、初めて仕事をする編集者から「恋愛をテーマにした短編を」という依頼が来た時は、渡りに船だと感じたそうだ。

「書き手としても読み手としても、人間の感情が強く描かれている物語が好きです。ミステリは特に犯人の動機の部分で負の感情が描かれますし、恋愛小説は恋愛感情を描くジャンルです。どちらも惹かれるところがありました。ただ、ミステリは基本的に、冒頭に謎があって、最後に謎が解かれて終わる。お話が進むにつれて登場人物たちの心がほぐされていき、カタルシスというか一定の安心感を与えてくれるジャンルだと思うんです。でも、恋愛ってそもそも解決し得ない問題だなと思うんですよ。ある日突然〝事故〟のように誰かに対する恋愛感情が起こり、その後どう自分の人生を立て直していき、解決し得ない難問の落とし所をどう見つけていくか。その過程を追いかけるのが恋愛小説とすると、ミステリとはお話の構造が根本的に違うんです」

 そうして最初に書き上げたのが、本書の三編目に収録されている短編「愛について語るときに我々の騙ること」だ。

 二六歳の会社員・鹿衣鳴花は、高校の放送部の部室で出会った泰堂新太、春日井園生と一〇年以上もの長きにわたり親友関係を続けてきた。男二人に女が一人、世に言う「ドリカム編成」の三人組は、園生が鳴花に告白したことから風雲急を告げる。「俺さ、ずっと前から新太のことが好きだったんだ。だから、付き合ってくれない?」。園生が主張する、独自のロジックはこうだ。「俺が先に鳴花に告白して付き合っておけば、鳴花が新太と付き合うことはなくなるんじゃないかなって。鳴花は二股とかするようなタイプじゃないだろ」。鳴花がその提案を受け入れたことで、三人の間に生じるはずだった不均衡は、不可思議な安定に向かって動き出すことになり──。

「こういう状態に陥った場合、世の中的には恋愛感情のほうが優先されがちではあるけれど、〝友情のままでいたいんだ〟って気持ちも同じぐらい重いはず。恋愛感情と友情の同等性がテーマだったんですが、そのことを表現する過程で、自分でも恐ろしくなる文章を沢山書いてしまったなと思っています(笑)。例えば、︿人を好きになるっていうのは、他の人間を一つ下に置くことなのだ﹀。この短編は全五編の中で比較的おとなしい部類に入るんですが、この後の短編で炸裂していく感情を準備していたような気がします」

 その言葉通り、地獄の釜の蓋が次々と開く。

恋愛小説は俯瞰せずに視野狭窄ぐらいがいい

 第一編「ミニカーだって一生推してろ」は、二八歳の人気アイドル・赤羽瑠璃の物語だ。引退を考えていた四年前、自分を孤軍奮闘で推すツイッター・アカウント名「めるすけ」を発見し、彼のつぶやきの通りに振る舞いを変えることでトップアイドルへの道を切り開いていく。〈これほどまでに赤羽瑠璃を見てくれている人間はいなかった。/だが、それと同じくらい瑠璃もめるすけのことを見ていた〉。瑠璃の気持ちは恋愛感情へと近づき、四年後に突拍子もない行動を引き起こすこととなる。

「アイドルとファンの関係ではあるんですが、好きになってくれたから自分も相手を好きになってしまう、愛されたら同じだけ愛してしまうという、恋愛ではありがちな返報性の話だと思います。瑠璃はそういう関係を脳内で勝手に構築してしまったがゆえに、めるすけから自分が与えているものと同じだけの愛をもらえなくなったら、異常に飢餓感を覚えてしまうんです」

 第二編「きみの長靴でいいです」は、カリスマファッションデザイナーの灰羽妃楽姫が、自分を一〇年間支え「これからも、僕の人生は君のものだ」と告げてきたカメラマンの妻川英司から、「僕、来月結婚するんだ」とさらっと告げられる。確かに付き合ってはいなかったし愛を語り合ったこともないが……。「何だよこの関係!」と怒号を撒き散らすヒロインの姿が、切なくも面白い。

「おしゃれなレストランとか美術館とか、ミニシアター系の映画とかに二人きりで行くんだけれども、付き合おうみたいな生々しいことは絶対言わない関係って、世の中には意外とあるなと思っていたんです。お互い様ではあるんですが、恋愛が始まる前段階のいい感じの部分だけを掬い取って、いきなり相手から〝恋人と結婚するんだ〟と告げられた時の驚きや怒りたるや……。自分の周りに、この手の被害者が多かったことから着想した話ですね。被害者の一人は、私自身でもあります(笑)」

 だからなのだろうか、妃楽姫の内面を綴る文章は苛烈さが宿っている。いや……振り返ってみれば全編、苛烈だ。

「自分でも読み返してみて、全編にわたって煮えたぎっているなと思いました。登場人物たちが怒りとか戸惑いを覚えている時は、私自身も本気で怒ったり戸惑っているし、一文一文に情念が籠っている。その点も、ミステリを書く時との違いですね。ミステリの場合は常に全体の構造を俯瞰して書かなければいけないんですが、恋愛小説は視野狭窄になるくらい登場人物に感情移入をしながら書いてもいいし、その方が面白いものになるんです」

感情が大きく動くことは人生にとって必要なこと

 本書最大の問題作が、第四編「健康で文化的な最低限度の恋愛」だ。二七歳の会社員・美空木絆菜は、中途採用で入ってきた二歳下の好青年・津籠実郷に一目惚れしてしまう。しかし、知れば知るほど、自分と相手の間には価値観の違いがあることを痛感させられる。その時、彼女はどうしたか?

「絆菜は相手の価値観に合わせて、自分を少しずつ殺すことを選択します。時間の使い方や脳みそのリソースの割き方もガラッと変わってしまって、恋愛をする前とは別人のような人生が始まってしまう。恋愛関係において大なり小なり起きている、一番普遍的な地獄を書いたつもりです」

 絆菜はとことん、相手に合わせてしまうのだ。ギリシャ神話を由来とする「テセウスの船」のパラドックスを思い出した。自己を構成する要素が一つ一つ別物となっていき、全てが置き換えられた時、そこに現れる自分は過去の自分と同じだと言えるのか……。

「自分のアイデンティティのためにこの恋を諦めるのか、自我の一切を捨ててでも付き合うのか。ラストはどうするか決めずに書き進めていったんですが、中盤あたりまできて絆菜の思考回路を理解できた時に、〝恋に殉ずる〟の一択しかないなと感じました。というか、〝殉ずる〟の一択しかないように感じられるものが恋愛だと思うんです。崖から落ちる時に、元気よく落ちるかこわごわ落ちるかの違いがあるだけで、どちらにしろ結末は大怪我しかない(苦笑)」

 恋愛小説は「ときめき」によって登場人物と読者が繋がる場合もある。しかし、「傷」によって繋がることもあるのだ。最終第五編は、本のタイトルを『愛じゃないならこれは何』にすると決めた後、画竜点睛の気持ちで書き上げたと言う。

「振り返ってみれば、〝こういう愛もありますよね?〟と言い続けている一冊になりました。なんと言うか、どの短編にも過去の自分の澱みみたいなものが出ている(笑)。〝そこはコントロールきかないよなぁ〟という過去の自分に対する反省を、登場人物に埋め込んで、今この世界で起きている恋愛として書いていった感覚があります」

 今後も恋愛小説を書き続けたい、自身の主戦場であるミステリというジャンルとのかつてない融合も試みてみたい、と野望を燃やす。

「恋愛には楽しい部分ももちろんあるけれど、先へ進むと八割方……九割五分、地獄が待っている。でも、感情が大きく動くということは、プラスであろうとマイナスであろうと、人生にとって必要なことだと私は思うんです」


愛じゃないならこれは何

集英社

気鋭の作家が挑む初の恋愛小説集。28歳のアイドルと男性ファンの〝すれ違い〟を描いた「ミニカーだって一生推してろ」、後輩男性の気をひくために自らを〝改竄〟する「健康で文化的な最低限度の恋愛」など。著者が「エモさ」を意識したというだけあって、読者の心を強く揺さぶること必至の全5編。


斜線堂有紀(しゃせんどう・ゆうき)
1993年生まれ。上智大学卒。在学中の2016年「キネマ探偵カレイドミステリー」で第23回電撃小説大賞〈メディアワークス文庫賞〉を受賞してデビュー。『楽園とは探偵の不在なり』は「特殊設定ミステリ」として大反響。ほか『恋に至る病』『廃遊園地の殺人』など。

(文・取材/吉田大助)
〈「STORY BOX」2022年1月号掲載〉

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