赤神 諒『碧血の碑』
敗者にアラズ
つくづく人生とは、思うに任せぬものですよね。
私は小説の中で、様々な人物に色々なシーンで慨嘆させてきました。
純粋で尊い動機であろうと、いかに才能が豊かでも、たゆまぬ努力を重ねても……
実はそういった事情は、さして関係なくて、人間にはどうしようもない大きな力で、種々の経緯や巡り合わせで、あるいは、ほんのちょっとした行き違いや誤解や気の迷いで、人は失敗し、挫折し、没落してゆく。
成功するまで挑戦を続けられる人生の「勝者」は、いつの時代も、ごくひと握りです。
でも人生において、成功とは、勝利とは、何なのでしょう?
この短編集の主人公は、いずれも歴史の「敗者」側に属しています。
幕末を描く時、私は自然、あの嵐の中で潰え、歴史の大河に埋もれつつある敗者たちの中で、強い共感を覚える人物を選びました。
学生時代、沢木耕太郎さんの名著『敗れざる者たち』を読んだ時から、歴史に限らず多くの出来事を、敗者の視点から捉えようとする癖が、私の体に染みついてしまったのかも知れません。
勝者ではないけれど、自分を貫いて生きて、実は確かな足跡をどこかに残して、「敗けなかった」人たち。フィクションではあれ、そんな先人たちのストーリーを通じて、読者に元気を届けられたなら、作者として望外の幸せです。
今回は幾つかの試みをしました。
各話は、「ある場所」にシーンを固定して描くというルールを自分に課し、橋、別荘、大奥、工場を舞台に選び、時間軸のみを動かすことにしました。
また、主人公の身分や立場にもバリエーションをもたせて、佐幕派の暗殺者、第三勢力の志士、皇女、お雇い外国人としました。さらに、各タイトルが表すように、文体も和風、漢風、大和ことば、洋風に設定しました。時期、季節、動機からイメージカラーまで、設定をそれぞれ変えて、あたかも曼荼羅のように、全体で一つの宇宙が浮かび上がるような構成にしました。
加えて、ここ数年取り組んできた〈小説とアートのコラボ〉です。すてきな方たちとアートコンテストを実施し、素晴らしいアーティストたちに挿絵をつけていただきました。初回配本特典の画像をじっくりとご鑑賞ください。
今の日本は元気がなくて、心配です。
激動の幕末は、予測不可能なVUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)時代を迎えた現代に似ている気がします。
各地方が持つ〈歴史と文化〉という宝を物語化し、あの手この手で、まちおこしに繋げられないか。ささやかな野望を抱きながらの上梓でもあります。
赤神 諒(あかがみ・りょう)
1972年京都府生まれ。上智大学教授、弁護士。2017年『大友二階崩れ』(「義ご愛と」改題)で第9回日経小説大賞を受賞しデビュー。23年『はぐれ鴉』で第25回大藪春彦賞、24年『佐渡絢燗』で第13回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。近著に『友よ』『誾』『火山に馳す 浅間大変秘抄』などがある。
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『碧血の碑』
著/赤神 諒